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2005 年 01 月 07 日 : 馴らされた鴨

この鴨の話はご存知だろうか?

デンマークの哲学者、キルケゴールの「馴らされた鴨」の話である。一度は耳にしたことがあるかもしれない。創業以来、公私にわたってお世話になっている先輩社長からも、IBMといえば「野鴨の話」で有名ですね、といわれ驚いたりする。

実は、IBMに入社したのが、この話を知るきっかけだった。そして、星の数のように、あまたこの世に紡ぎ出されし物語の中でも、この話が私の潜在意識に強くしみこんでいるらしく、未だにその印象を忘れることができないでいる。

それはこんな内容の話だ。

『毎年晩秋の頃になると、鴨の群れは食べ物を求めて南へと旅立っていった。ある日、その土地に住む老人がその鴨の群れに餌を与え始めた。すると、その年から、冬になっても、その鴨の群れは南へと飛び立たなくなってしまった。飛ばなくとも食べ物にありつけるので、その太った鴨たちは飛ぶことすらしなくなった。そして、その老人が亡くなり、その飼いならされた鴨たちは、食べ物を求めて自分の翼で飛ぶ必要にやっと駆られたが、もはや飛ぶことはできず、全ての鴨が死んでしまったという。』

この話に感銘を受けた、米国IBM社の二代目社長トーマス・ワトソン・ジュニアは、さらに次のような言葉を残している。

「野鴨は馴らすことはできる。しかし馴らした鴨を野性に返すことはできない。もう一つ、馴らされた鴨はもはやどこへも飛んでいくことはできない。ビジネスには野鴨が必要なのである。」

この話を忘れ得ないのは、IBM時代、入社間もない頃に聴いたからだろうか。だから、サラリーマンをしていた頃も、私は、少なくとも飼い馴らされた鴨にはなりきれず、自分というものを主張する、上司たちからすれば管理しにくい存在であったかもしれない。上司にとっては、入社してそんなにも即、トーマス・ワトソン・ジュニアの言う通りの飼い馴らされない鴨にならなくても、という気持ちであったことだろう。

ベンチャーを創業した今となっては、そのような精神でもってサラリーマン時代を過ごせたことはとても幸せだったと思う。

黙っていても、毎月決められた日に、自分の銀行口座に決められた給与が振り込まれるという「飼い馴らされた鴨」のような感覚で働く習慣がついていたとしたら、ベンチャーを創業したとたん倒産、もしくは廃業に追い込まれたことであろう。

独立するということは、毎月自分の銀行口座に決まった給与が振り込まれる生活から決別するということなのだ。自分たちが創った商品を買ってくださるお客さまを創造しない限り、自分の銀行口座にお金が振り込まれることはありえない。

お客さまを創造できなければ、あとは餓え死にするしかないのである。極端な話をするならば、ベンチャー創業とは生死を賭けた戦いとも言える。

しかし、逆の視点から、この事実を眺めれば、社会的に意義のあることを成し、たくさんのお客さまを、そして仕事というものを、無制限に創造することもできる。

そうして得たお金を、社会的に意義のある、より大きな仕事に投資することによって、スタッフたちと会社はぐんぐんと成長することもできるし、その収穫を社会に還元することも可能だ。

IBMで学んだこの貴重な言葉は、ベンチャー起業の支えにもなっている。IBMで働いて良かったと実感できる瞬間でもある。「馴らされた鴨」の話は、ベンチャーが偉大な企業へ成長するための道に通じる何か普遍的な話のように思える。

同じIBM出身者でも、このトーマス・ワトソン・ジュニアの精神を信じ、ここまで本気で実践し行動している者は少ないような気がする。ある意味では、このために辛く厳しい壁にぶち当たることもある。しかし、いつか長い人生を振り返る時に、これこそが人生を豊かに有意義なものにしてくれた鍵だったと回想できる日が来ることを願いたい。

追記:

サラリーマンを辞めることで、確実な毎月の給料を期待できなくなる。人によってはとても不安なことかもしれないが、それをバネにして頑張れるのも事実だ。私自身、サラリーマン時代より量と質を考慮すれば10倍以上は働いているし、その結果、自分でも満足する仕事ができていると思う。たとえ安定的に収入を得ることができたとしても、それは過去の話であり、明日もその保障があるわけではない。ある人はそういう努力に耐えることができないかもしれない。

要するに「虎穴に入らずんば虎子を得ず」だと思う。

大きなものを得たいならば、思い切って飛び込むしかない。