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Sophia Cradle IncorporatedPresident Blog : 2004年12月

2004 年 12 月 27 日 : The promised land

いつか「ソフィア・クレイドル」というブランドが、プロフェッショナルなプログラマーにとって「Cool」とか「Smart」を意味する「Status symbol」的な存在となる大きな夢を抱いている。

十数年前、「超一流」というものを目指して熱心にプログラミングに励んでいた。当時、プログラミングのエレガントさやクールさというものに憧れて、プログラムが我ながらカッコ良く書けた時には仕事に大きな充実感を感じていたのを思い出す。多分、作家、作曲家、画家たちが自分の納得の行く会心の作をアウトプットできた時の感覚に近いかと思う。そんな風にアーティスティックに生きていたいと願っていた。

いまのソフトウェア業界をみていて、好ましくないと痛感する風潮は、顧客の仕様通り動けばそれでよしという経営者サイドの安易な発想である。手っ取り早くお金儲けをするのなら、それはそれでよいかもしれない。しかし、そこには未来への希望やロマンが無いのではないか。

起業した理由の一端もここにある。

プログラマーやデザイナーなど関わるすべてのスタッフが、プロフェッショナルとして、現在を革新する超一流の作品を生み出して未来を創造する場にを創りたい。

大企業といえども、株式会社である限り、形式的にも実質的にも会社の所有者は株主である。株主の意向を無視することはできない。

東証一部に上場しているような大企業の株主は何を求めているのだろうか?

大半の株主は、企業の理念やビジョンを知る由もなく、ただ単に企業の株式の短期的な株価の上昇や配当といったものを求めているのが現実ではないだろうか。

大きな企業になればなるほど、そんな傾向が強い。

結果として起こっている事態は、プロフェッショナルな素晴らしい成果を求めての仕事よりは、その場凌ぎの綱渡りのような実態が多いのではないだろうか。

株式会社は、株主が会社の経営に大きな権利や影響を及ぼす。願わくば、「ソフィア・クレイドル」では、できる限り、企業理念や事業の考え方をよりよく理解し、共感してくださる方がたに株主になっていただきたい。

"ソフィア・クレイドル"に関わる皆が未来に夢と希望を抱ける会社にしたい。

2004 年 12 月 26 日 : Phase transition

中学生の時に理科で習った「物質の 3 態」の話はいまでも興味深い。固体、液体、気体という状態のことを「相」といい、微妙な温度と圧力の組み合わせで、物質が瞬間的に「相」を移り変わることを「相転移(Phase transition)」と呼んでいたことを思い出す。

経営というのは絵を描いたり、作詞、作曲したりとアートに似たところが多い。マニュアル通りにはいかないことが多く、相転移にも似たような微妙な違いで相が大きく転移してしまう。だから、繊細な経営センスというものをどうやって培い、あるいは磨いていくかによって、その企業の未来が決まるように感じる。

相転移の実験のように、ちょっとした意思決定のタイミングやバランスといったものが、分岐点になってしまう。また、そういったことを意識するのとしないのとでは大きな違いがある。

スピードだけを重視し、熟考せずに意思決定し、たまたま大当たりして、波に乗れることもある。

転落というものは一瞬のうちに訪れる。あれだけ脚光を浴びていたのに、人々の記憶の中から消え去っていったベンチャーは星の数ほどある。

ベンチャー起業は多大な犠牲を伴うものだ。だから、その犠牲に補って余りあるほどの宝物、煌く宝石の結晶を、一緒に創業したスタッフと共有したい。

勿論、失敗もあるだろう。

失敗や痛みの中から、未来の発展に向けての新しい芽を見出すことが出来るならば、それは失敗ではない。

成功にできるか失敗になってしまうか、境界線は、極めて微妙なものではないだろうか。これが、沸点で水が液体から気体に相転移する時のような感じで、ほんの微妙な差で、固体であったり、液体であったり、気体であったりする。絵画でも、細部にこだわる時と全体のバランスでこだわらない時とがある。

ベンチャー経営というものは、相転移の境界線上を、如何にしてうまくコントロールしながら、アーティステックに自ら成長してゆく道のりではないだろうか。

2004 年 12 月 25 日 : Sensibility

この 1 年、主力商品をリリースアップすることなく、大幅なバージョンアップに向けて、その研究開発にステルスに没頭していた。来年の上半期には衝撃的な新商品として発表できる目処がたった。ここまで来るのに 3 年かかった。長い道のりだった。いよいよ、ワク × 2 & ドキ × 2 な新年を迎えることになる。

ベンチャーでありながら 1 年間、VC や銀行に頼らず、秘密裏にスケール感の溢れる研究開発ができた。資金繰りで奔走したことは創業以来一度もない。第 1 弾の製品 SophiaCompress(Java) がヒットしたからだ。

ベンチャーは最初のきっかけを掴めればあとはとんとん拍子でいく。ささいなことで瓦解することもあるから、何ごとも慎重に行動することも肝心ではあるが。

いま構想している携帯電話向けソフトウェアのビジネスについてまとめてみる。

今後、携帯電話向けソフトウェアの業界は 2 つの大きな課題に直面することになると見通している。それらを解決できた会社のみが大きく飛躍できるだろう。

ひとつは人の感性に響くような、新しいユーザーインターフェイス

もうひとつはムーアの法則に従って急激に進化し続ける携帯電話のハードウェアを活かす、大規模・複雑化するソフトウェアのための次世代フレームワーク。

人の「感性」に関しては、実際に様々なことを感じたり考えたりしている。その中で、以前読んだアメリカンフットボール業界で著名な鈴木智之氏の著書「勝利者 〜一流主義が人を育てる、勝つためのマネジメント〜」に興味深い話があった。


頂点に立てる者と立てない者を分けるのは何か?

それは「感性」を磨いているかどうかの差だ。

人には視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚という五感があり、「感性」とはこの五感でものごとを感じ取ること。

「感性」の豊かな人はこの五感が鋭い。

「感性」が鋭ければ鋭いほど、観察力、洞察力、予知能力、決断力、判断力、責任感、向上心、克己心など、あらゆる仕事で共通して必要となる能力が強化される。

一流の音楽、絵画、風景、料理など五感を使うものに触れて「感性」を磨くことはどんな分野であっても一流のアウトプットを生み出すための条件となる。

感性や感覚について、単純に言うと、感性というものに磨きをかけることが、より豊かな素晴らしい人生を送るための方法なのだ、と改めて確認した。

感性とは、単なる感受性ではなく、物事を心で感じ、つかみとることのできる能力という解釈で、心の働きのひとつであり、すべてに繋がる原点でもある、とされていたのがとても納得させられた。

「未来の携帯電話に相応しい新しいユーザーインターフェイスを創造すること」を一つの大きな使命としている。ユーザーインターフェイスというものは、人間の感覚に関わる部分であるだけに、利用者の生活や人生の幸せや豊かさに関わる問題に繋がるのではないだろうか。

微妙なデザインの差に過ぎないかもしれないけれど、デザインというものは、これからの時代、とても大切な要素である。携帯電話のユーザーインターフェイスのようなもののデザインに関して、私たちほどこだわっているソフトウェア開発会社は珍しい。

もうひとつの「大規模・複雑化するソフトウェアをどうやって扱うか」ということであるが、これは以前にもお話ししたように、生物のメタファーを用いるのがベストだ。

人の体は、どの一部をとってしても、人工的に創り出せないくらい複雑で神秘的な構造をしている。その原理は、遺伝子情報に従って、個々のシンプルな細胞がお互いに信号を送りあって自律的に共存し機能するというものである。

ソフトウェアが大規模・複雑化したとしても、生物の細胞のように、自律的で、シンプルな「オブジェクト」と呼ぶソフトウェアの基本単位が、お互いに「メッセージ」と呼ぶ信号を送りあって動作するようなシステムをシンプルに構成すれば良い。いわゆる、「オブジェクト指向」的なアプローチである。

BREW というプラットフォームで、私たちのようなアプローチでソフトウェアを開発し発表している会社は、世界広しといえども、ソフィア・クレイドルだけだ。

これまではインフラ創りで手一杯だった。

これからは、このインフラ上でオブジェクトたちが自律的にメッセージを送り合いながら世界中を駆け巡ることだろう。

2004 年 12 月 24 日 : Communication −考察−

いまから6 〜 7 年前、総勢 170 名に達するくらいのプロジェクトを指揮するリーダーをしていた。現在より量的にスケールの大きな組織だった。

当時、いろいろと苦い経験を味わった。さまざまな貴重な教訓も学んだ。なかでも、組織が急拡大するにつれて、コミュニケーションをどうやって効率化するかについて考えさせられることが多かった。

海外展開を視野に入れてソフィア・クレイドルというベンチャーを経営している。現在は十数名の小規模な組織だが、もっと大きな組織になっても通用するようなコミュニケーションのインフラを整備しておきたい。

備えあれば憂いなし。

いまの段階から将来に向けて磐石なものを構想しておきたい。

スケールの大きな仕事をしようとすれば、多様な才能を持つ、多くの人たちとのコラボレーションが必要となる。有能な人材をたくさん集めることができれば、それだけ大きな仕事がこなせる。

プロジェクトに関わる人が増えてくると、同時に、コミュニケーションのボトルネックというものが生じてくる。これは成長する組織が避けて通ることのできない道でもある。

大規模な組織では、人と人とのコミュニケーションをどうやって最適化するかということが厄介な課題となる。ごく普通の当たり前の話かもしれない。でも、これを本質的な問題として受け止めて、その対策のために、具体的な行動へと繋げている経営者は意外に少ない。

大規模な組織になった時、その運営の効率を最適にする術とは――「いかにして無意味なコミュニケーションのための時間や手間を減らすか」なのである。

実際に作業をする時間よりも会議の方が長いというのも、あちこちのプロジェクトで日常茶飯事のことのようだ。言うは易しであるが、解決するためにはどうしたらいいのだろうか。これは次のような簡単なたとえ話から、示唆を得ることができると思う。

日本人とロシア人がいてコミュニケーションをとろうとしたとする。でもお互いに相手の母国語を知らなければ、先に言語を学ばなければならないということになる。そのため肝心のコミュニケーションに辿り着くまでに、相当の時間がかかってしまう。

お互いに共通の言葉として英語が分かるのならば、直ぐに本論に入ることができる。つまり、両者が、コミュニケーションに必要なバックグラウンドを共有していればいるほど、そのコミュニケーションは短時間でありながら最高の結果に近づいてゆくことになる。

仕事の場合も、スタッフ同士が、必要な知識や智慧、ノウハウなどについて、多く深く、知っていればいるほど、無意味なコミュニケーションの量が減り、仕事はそれだけ上質なものとなる。阿吽の呼吸という表現でよくいわれる。

ベンチャー企業であれば、日々の業務に追われてしまって、物事や相手のことを知る機会や時間が減りがちである。それに注意しなければならない。具体的な仕事よりも勉強や研究や懇親のため、最初は仕事のペースが落ちてしまう。

だが、急がば回れということで、まずは仕事の基盤となるものを学ぶことを第一にしたほうがよい。指数関数曲線を描いて成長するための重要なヒントである。

そのために、企業理念、ビジョン、そして行動指針がある。

2004 年 12 月 23 日 : パンドラの箱

ギリシャ神話によると、パンドラは神々によって創られた最初の人間の女性だそうである。

パンドラは地上に降りるときに、神々からの贈り物である「箱」を持たされた。「箱」を開けることは許されていなかった。ある日、パンドラはその扉を開けてしまった。そのとたん、この世に存在するありとあらゆる災い、病気や不幸なんかが飛び出してしまったという。

パンドラが慌ててその扉を閉じたところ、その箱には一つだけ残されたものがあった。

それは「希望」だった。

パンドラの話で、感慨深いのは、箱には「希望」が残されていたこと。

「ベンチャー起業」は、ある意味では、「パンドラの箱」を開けるようなもの。どんな大企業で勤務していようと、サラリーマン生活を送る者の多くは、「ベンチャー起業」という「パンドラの箱」を開けてみようかと思うことがある。

ただ、それを開けたとたん襲ってくる、ありとあらゆる困難にどう対処していいか、分からないし、不安だから、ためらっている人が大半ではないだろうか。

「パンドラの箱」を開ける決心をしたのは、そこに残された「希望」というものの存在に、全てを賭けたからだ。

確かに、誰にも頼ることはできず、守られているわけでもなく、自分を信じ、自分を頼っていくしかない。けれども、事業をやっていて次第に分かってくるのは、「希望」というものがだんだんと大きくなってくるということだった。それを「感性」で感じ取れるのは生きている上で大きな喜びだ。

ベンチャー起業は人、資金、知名度、技術力等などすべてゼロからスタートするわけだから、既に長年その業界に存在している企業と互角に渡り合っていくのは並大抵のことではない。

「希望」を信じて、一歩一歩着実に成果を積み重ねていけば、知らないうちに驚くほどの大きな実績となっている。

最初はまったくのゼロだった。

今では少しは「ソフィア・クレイドル」という社名を知っていたり、聞いていたりする人がいる。有難いことに製品も売れている。尊敬でき、超一流といえるスタッフに囲まれている。ハードの設備、ソフトの環境も創業時よりもかなり良くなってきた。立派に自社のホームページも存在する。

何も無かった創業当初からすれば隔世の感がある、そう思う。

創業時は吹けば飛ぶような、泡のような存在が、今では立派に自立していることは、これまでの結果として評価できる。

全ては「パンドラの箱」に残された「希望」を信じた結果であり、この姿勢を堅持する限り、ベンチャーは弛まなく成長し、飛躍していく。

そんなときめきを予感する今日この頃。

2004 年 12 月 22 日 : 携帯の未来

携帯電話の将来展望】( Sun Developer NEWS より)

世界最初のコンピューター「ENIAC」が世に登場したのは1946年のことです。あれから、半世紀にわたる時を経て、コンピューターはあらゆる側面から進化・発展を遂げてきました。

エニアック−世界最初のコンピューター開発秘話−』(スコット・マッカートニー著)によると、「ENIAC」は高さ9フィートのキャビネット40個に、1万8千本近くの真空管から構成され、床面積1800平方フィート、重量30トンという巨大なコンピューターでした。動かすには174キロワットの巨大な電力が必要で、コンピューターが動作していない時でさえ、その電気代は1時間あたり650ドルもしました。また、「ENIAC」はひとつの弾道を計算するのに30秒もかかりました。

しかし、現代のスーパーコンピューターでもってすれば、その弾道計算に必要な時間は3マイクロ秒以下です(マイクロ秒とは100万分の1秒)。今のコンピューターは、「ENIAC」と比較してその処理速度は1000万倍以上です。そして、Javaが搭載された携帯電話でその弾道を計算したとしても30秒はかからないでしょう。今後、携帯電話の処理性能はますます加速度を高めて、予想もしない方向に更に、進化・発展を遂げるでしょう。その未来を予測しつつ、ハードウェアソフトウェアの技術開発をする仕事はとても興味深いものです。今や、50年前には30トンもの重量を有するコンピューターを越える処理性能が、ポケットに入れて持ち運びできる携帯電話の中にあるのですから。

昔、「マイコン」と呼ばれていた今の「パソコン」の原点である「マイクロプロセッサ4004」(日本のビジコン社製)が、初めて登場したのは1976年のことです。これには0.6MIPSの計算能力があり、これは「ENIAC」と同等の性能であったらしいのです。ところが、当時は、世界最大のコンピューター会社であるIBM社を含め、まさにこの「マイコン」が、今日の「パソコン」として大きく進化・発展するという無限の可能性を予見できた人はほとんどいませんでした。

その意味合いから、今は、30キロバイト、100キロバイトなどのメモリ制約や処理性能の面で、パソコンと比較すれば大きく見劣る携帯電話ですが、実は、何十年か前の大型コンピューターに匹敵するCPU性能がなんと今の携帯電話の中に存在しているのです。その驚くべき事実をよく認識・理解し、留まることない数々の技術革新により今のパソコンのCPU性能に匹敵する処理性能が、将来の携帯電話に搭載されるものと考えて、未来の携帯電話の姿を想像することがとても大切ではないかと思います。

コンピューターの未来を占う上で大きなヒントとなるのが、IT技術の発達により、コンピューターがそもそも開発されたきっかけとなった計算能力を、今や必要としなくなったのだという課題をよく理解することでしょう。現在、コンピューターで大きな課題となっているのは、『使い易さ』、『便利さ』、『快適さ』、『面白さ』など、利用者サイドにとっての、日常に即してのより切実で高度な要求に向けての解決策ではないでしょうか。

20年前は余程のマニアで無い限り、個人で「マイコン」を購入し、その利用を楽しむということはありませんでした。しかし、近年のハードウェア技術の急速な発達を梃子にして開発されたWINDOWSブラウザのような、主として「ユーザーインターフェース」を中心とした使いやすいソフトウェア技術の登場により、子供や年長者やあらゆる方がパソコンを操れる時代となりました。

しかし、「パソコン」という外見的にも技術的にもとっつきにくいイメージがあることが、かえってある種の障壁となってしまい、一部の方たちには利用がためらわれる傾向にあります。しかし、今後、コンピューターというものは、より『人間の視点』に立つことを前提にしたプログラミングがなされることにより、今の携帯電話のようにその中にコンピューターが内蔵されていることをまったく意識させないものに変化するでしょう。私たちは、あたかもテレビ、書籍、文房具、電話などの日用品のように全ての人が自然にかつ自由にコンピューターを利用するという大きな潮流の中にあるのです。

これを達成するには、ユーザーインターフェース、人工知能、小型化、無線通信など今まで以上に高度なコンピューター技術の更なる技術革新が必要とされるでしょう。例えば、何年後かには、今の最新式パソコンを上回るコンピューター性能や無尽蔵に利用できる高速無線回線、ハード機器間の無線接続などが携帯電話に実現されるようなことをイメージアップすれば、現在と大きく異なる携帯電話の利用シーンが浮かんでくるかもしれません。

(以前サン・マイクロシステムズさんのサイトに寄稿した文章より)

2004 年 12 月 21 日 : Imagination

日頃お世話になっている方々から励ましの言葉をいただく。とてもありがたく感謝している。

ある方は「世界ナンバー 1 を目標にせよ」と、また、ある方は「大企業に少しでも近づくように」とおっしゃる。

この 2 通りの発言には、似て非なる大きな違いがあると思っている。

「大企業に少しでも近づくように」という発想で企業経営をしていれば、いつまで経っても零細企業であり続ける確率が高い。むしろ、既存の大企業を凌駕するくらいの勢いで、常日頃から大志を抱いて経営に励むことのほうが、永遠の企業へと近づける方法ではないだろうか。

思いもよらない幸運というのは、稀なことだからそういうのである。日常で起こっているほとんどのことは自分の思いの範囲内かもしれない。思いや夢、そしてビジョンを大きく描くことができれば、それだけ達成できることも大きなものとなる。

想像力というものは、経営者にとって極めて大切なスキルである。

見えないものをもう既に実現しているくらいに思いを描くこと。

イメージをビジョンにすること。

〜 ご存知の方も多いと思うけれど、これは、最近読んだ素朴なストーリーであるゆえに考えさせられた本の例である 〜

最近、IT ベンチャーの話題を、新聞、雑誌、テレビなどで知る機会が多く、様々な波があるようだ。ほとんどのネットベンチャーが国内での活動に終始し、世界的な視野でものごとを捉えていないんじゃないかと思う。

Yahoo! や Amazon ような海外の有力ネットベンチャーが、鎌倉時代の「元寇」のように日本に進出してくることは間違いない。その時、日本のネットベンチャーが、どのように防戦に回るのかが見ものである。

ソフィア・クレイドルの業種はソフトウェア業であり、最初から世界を舞台にしていないと結局は生き残れないので、それを前提にして経営をしている。開発している製品が、世界中の人々に評価され、支持され、愛されるようにと。

厳しい局面にも遭遇するだろう。

厳しさの中で育っていくことができれば、世界的な事業だから、正しく地球規模のスケール感に満ちたワクワク&ドキドキの仕事となろう。

いまはその夜明けなのかもしれない。

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