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2005 年 06 月 27 日 : 大成は欠けたるが若きも其の用は…

老子の第45章は次のような文章で始まる。

大成は欠けたるが若きも、其の用は弊せず。大盈は沖しきが若きも、其の用窮らず。…

これは、最も完全なものはどこか欠けているように見えるが、それを使っても決して破損することはない。また、最も充実しているものは空虚なように見えるが、それを使っても尽きることはないという意味である。

日常生活において、富士山を見てその壮大さは感じ取れるけれども、私たちが暮らしている地球や宇宙の時間と広さのスケールは全く実感できない、あの感覚に近いのかもしれない。真に偉大なものは平凡な人間の理解を超越する。

この世の中、誰にでも直ぐに分かって簡単であるが故に良く売れているものは存在するが、大抵の場合そういったものほどその寿命が短いのも事実だ。「老子」にもあるように、真に永遠の如く偉大なものはそう容易くは発見できない場所に隠されている。地球や宇宙の歴史は何十億年以上にも渡っているように、偉大なものほどそのライフサイクルのスパンは長い。

創業当初よく考えたのは、ソフィア・クレイドルという会社を、時間軸と空間軸で構成される世界観の中でどれくらいの壮大さで事業を育てるかと謂うことであった。しかし、それが大きければ大きいほど、その基盤がかたち創られ、具体的な成果が現れるまでより多くの時間がかかる。会社が成長していると認識できるまではただ辛抱するしかないのだが、それに対してどれくらい耐えられるかが試されるであろう。

壮大な目標であればあるほど、その途中で自分の立ち居地が分からなくて苦しさを感じることもある。そのとき、どうやって踏ん張れるかが全て。42.195キロを駆けるマラソンレースの場合、先頭集団から途中脱落して逆転優勝するようなランナーは滅多にいない。最後の最後までゴールは見えないけれども、それが確かに存在することを信じて、脱落することなく調整しつつトップスピードで駆け抜けることが大切なんだと思う。