2004 年 12 月 15 日 : ビジネスの軌道 −後編−
何が起こるのかよく分からない未知の世界へ挑むには勇気がいる。だが、ワクワク、ドキドキする楽しく愉快な気分も同時に味わえる。そう、みんな子どもの頃は知らないことを、日々ワクワク、ドキドキしながら学んで成長していったと思うけど、そんな時の感覚に近い。大人になってからもこんなふうにベンチャーをするのは、ある意味ではいつまでもそんな希望や夢を実感していたいからかもしれない。
過去に存在しなかった前例のない製品を研究開発するだけでも大変なことだ。その上、製品が、お客様にとって、喜んでお金を払ってまで使いたいというレベルに仕上げることができなければ、ベンチャーは市場から姿を消す宿命にある。そういう世界に自分の身を置いている。
実際には、命を落とすわけではないのだけれど、命を賭けた冒険に近い一面もある。だからこそ、それを達成できたときの光景は、冒険者たちが自分たちの野望を果たした時と同じくらい、誇らしい充実感に満ちたものなのだろう。
製品を研究開発するにあたって、その実現可能性については、未知の技術ではあるが自分たち自身を信じるしかなかった。塵も積もれば山となるように、大きな目標を小さくブレークダウンして、一歩一歩堅実に着実にプロセスを進めていった。諦めず、粘り強く、頑張ることで、遂に製品は完成した。厳しい局面もあったけれど、なんとか乗り越えることができた。普通の人なら途中で挫折し、諦めてしまうだろうと思うほど、大変な時期もあるにはあった。人生を賭けてやるんだという意気込みが後押ししてくれたのだと思う。バージョン 1 にしてはなんて素晴らしい!と自画自賛できる製品を完成させることができたのだった。
報道機関にプレスリリース文で新製品について紹介すると、新規性があり、市場に及ぼす影響力があるかもしれないということで、新聞、インターネットなどのメディアに私たちの製品や技術が採りあげられた。たくさんの先進的なお客様からその無償評価版への申し込みが殺到した。普段何気なく接しているマスコミというものの有り難さをその時初めて味わった。
ソフィア・クレイドルが扱っている製品の場合、一番厄介なのは何かというと、テストデータを自社で作れるほど人や時間がないということだった。例えば、携帯 Java 専用アプリ圧縮ツール SophiaCompress(Java) の場合、お客様も、何人もの人、何ヶ月もの時間を投入して、やっとの思いで一つの携帯電話向けゲームとして完成させる。それが一つのテスト用データというわけだ。しかもプログラムの構造のバリエーションは数え切れない。それら全てのバリエーションに対応させなければ安心して製品として販売できない。自社で自力で全てのケースを網羅するテスト用データを作ることは事実上不可能だった。自社ですべてのテスト用データを作るとすればそれだけで数億円以上の費用がかかったことだろう。
しかし、SophiaCompress(Java) を提供した当時は、類似製品は市場に存在しなかったので、お客様は前向きに評価版を試してくださった。ある時は、SophiaCompress(Java) が未完成であったために圧縮できなかったアプリケーションを、多くのお客様がテスト用データとして無償提供してくださった。お客様のアプリケーションで発生した不具合を、その都度修正することを繰り返すことで、製品の信頼性が飛躍的に高まり、実用化のレベルに達していくのが、実際見ていてよく分かった。このようにして、製品はお客様の好意に支えられつつすくすくと育っていった。
もし製品レベルの類似製品が既に市場に存在していたとすれば、こんな手を打つことは事実上不可能だったろう。そのチャンスを掴むことによって、膨大なコストをかけることなく新規性のある製品が常に問われる「信頼性」というものを飛躍的に高めていったのだ。同時に、お客様との対話を通じて、ニーズやウォンツを取り入れて、実用的な水準へとその価値を高めていった。このように、安心して、飛行機に乗れる状態にしていったのだ。
いまから、同じジャンルの製品を開発していこうとすれば、このような方法は難しいであろう。何千、何万もの膨大なテスト用のプログラムを自前で用意しなければならないし、信頼性を上げるためにその数を増やそうとしてもほとんど不可能だ。何よりも先進的なお客様との対話も難しい。恐らく、こういう背景があることも、競合他社が未だに現れない事情になっているのだろう。
新規性のある製品の場合、機能性以外に「信頼性」というものが大きくものをいう。我々は信頼性を飛躍的に向上させるために以上のような手段をとった。ご協力いただいた先進的なお客様には言葉では言い尽くせないほど感謝している。
こういう事業の進め方において、リレーショナルデータベースの世界ではダントツでシェアナンバー 1 の米国オラクル社が創業時に採った戦略を参考にした。リレーショナルデータベースの理論を世界で初めて考案し、発明したのはIBMのEdgar F. Codd氏である。オラクルの創業者であるラリー・エリソン氏は、いち早くその論文を読み、その将来性を見抜いた上で、IBMよりもずっと早く未完成なリレーショナルデータベースを世の中に提供し始めた。当初、そのデータベースはバグだらけで、ほとんど使いものにならなかったらしい。が、リレーショナルデータベースを待ち望んでいた熱狂的な一部の顧客から支持され、いろんな不具合や市場ニーズを取り入れることを繰り返すことで、それを発明した IBM を差し置いてリレーショナルデータベースの市場では圧倒的なナンバー 1 企業となったのである。
歴史は繰り返すという。過去の事例から、適用できる手法はないかどうか探したり、研究することで得られる教訓は数知れない。
追記:
"I admire risk takers. I like leaders - people who do things before they become fashionable or popular. I find that kind of integrity inspirational."