2005 年 02 月 04 日 : エッセンス
事業を成功裡に導くために最も大切なのは、絶対にこれだけは外せないポイントを確実に抑えることではないだろうか。即ち、その事業の本質をよく理解しているかどうかで、その事業の行方は大きく左右される。
至近な例を挙げるなら、レストランであれば「味」、航空会社であれば「安全」、ホテルであれば「快適」等など、それぞれの事業にとって絶対に外せない必須要件があると思う。
ソフィア・クレイドルは携帯電話向けソフトウェアの研究開発事業を展開している。この分野のソフトウェアテクノロジーの本質は、小さく、速く、使いやすく、しかも安くといった相矛盾する内容のクオリティをバランスよく総合的に極大化するところにある。
過去の歴史を遡れば、IT 業界というのは、大が小ではなく、小が大を飲み込むというような逆転の構図で描かれる世界だということがわかる。「 IBM の大型汎用コンピューター」をいわば踏み台ににした「マイクロソフト&インテルのパソコン」しかりである。
携帯電話サイズの小さなコンピューターで数多くの実績を残したソフトウェアテクノロジーが、パソコンやサーバー、そして情報家電のようなプラットフォームでも利用されるのは十分に有り得る話であろう。
私たちはそういった点に巨大なビジネスチャンスを見出そうとしている。そのためにも、携帯電話向けソフトウェア業界における事業の本質を抑えることは、最初に着手すべき最重要課題だった。
ベンチャーの場合、圧倒的に経営資源が限られるだけに、どこか一点に集中特化する必要性に迫られることも多い。その時、本質からずれた事業展開をすれば、目も当てられない悲惨な事態に陥ってしまう。逆に、肝心要の外せないところだけはしっかりと抑えておけば、少々やり方が拙くとも後から軌道修正できる。それくらいに本質を見抜くことはベンチャー起業家にとって欠かすことのできない必須スキルだ。
意外なことだが、日本の教育制度では、こんなにも大切な本質を捉える能力を育てるための訓練が等閑にされていると思う。
例えば、日本の学校では、あらゆる教科で万遍無く良い点をとれば、所謂、一流大学に入学し、優等生として卒業することができる。
だが、現実の世の中では、オールラウンドにそこそこできるんじゃなくて、ある特殊な能力や才能で突出した結果を残すような人こそが評価されている。いま、時代はそのように変革されつつある。例えば、大リーグで活躍しているイチローは、野球というジャンルでは誰も太刀打ちできないほど突出し、超一流のプレイヤーとして世界から絶賛されている。
学校教育で最も大切なのは、子供たちが、自分に適した、それぞれの人生の目標や目的のようなものを発見し、その道を着実に歩めるように、後押しすることではないだろうか。しかし実態は、高校や大学への進学を前提とした、画一的な教育しかなされていない学校が大半だ。
いまの学校の試験の評価制度も私にはおかしく思える。点数が高ければ良いということで、試験の時は易しい問題から順番に解答していった方が制限時間内では高得点が獲れてしまう。面白そうだからといって、最も難しい難問から入ってそれを解くだけで終わったら、それこそアウトだ!
こんな教育を受けていると、ついつい枝葉末節に足をすくわれて、ややこしくて面倒なことは常に後送りというジレンマに陥る。そんな癖がついた人間に育ってしまうのではないか。難しいけれども真に重要な問題が後回しになり、目に見えない努力が評価されなくなる。そして、ある瞬間に誰にも訪れる、素晴らしき人生を生きるための貴重なチャンスをみすみす見逃してしまうのだ。
ベンチャー起業においては、瑣末なことに囚われてしまうと、それだけで限られた資源を消耗してしまいかねない。そんな状態が続くと、肝心なゴールに辿り着く前に終わってしまう。本当に大切なポイントだけに絞ってやらなければ、経営破綻してしまう可能性が高くなるだろう。