2004 年 11 月 24 日 : 事業計画はシンプルに
どこの家庭にもあるテレビ。人は自分の趣味嗜好にチャンネルを合わせる。テレビは直接的に、間接的に人びとの潜在意識に大きな影響を及ぼしている。
ソフィア・クレイドルには数十ページにもわたる MBA のコースで習うような事業計画書は存在しない。過去、確かにそのようなものは存在した。大企業でのサラリーマン生活が長かったせいか、MBA の学位も取れそうなほど経営学なるものの勉学にいそしみ、立派に知識だけは自分のアタマの中に詰め込んでいた。が、それは机上の空論に過ぎず、ベンチャー起業には全くといっていいほど役に立たなかった。
現在の規模のビジネスであれば、形式的な事業計画書なんてものは不要だ。実用的なものだけがあれば良い。確かに、外見も素晴らしくしっかりした事業計画書は、資金調達の時には必要かもしれない。しかし、自己資金だけで事業が充分にまわり、金融機関、ベンチャーキャピタルなどの第3者から資金を仰ぐ必要もまったくないわけだから、敢えてそのようなものはいらない。実質的に事業を伸ばすことだけに集中する方が良いだろう。
ベンチャーを始めるときに注意しないといけないことがある。なんせ我々のチームはとても若いのだ。将来の逸材も最初はただの普通の人として出発する場合が多い。皆が皆、最初から超人的に仕事ができるわけではない。
スタッフの平均年齢は 23 歳である。事業計画もそのような年代に簡単に理解できるほどシンプルであるべきだ。スタッフのベクトルを一致させるためにも必要なことだ。ベクトルが合わなければ、各々のベクトルの総和はゼロ、場合によってはマイナスにさえなってしまう。これでは何のために事業をしているのか意味が分からなくなる。
さらに、時間刻みで激しく変化する業界の場合、もう一つ大切なことがある。それは年単位で計画を立ててもその通りにならないということだ。それに合わせようと無理すると会社自体がおかしくなることもよくある。これに対処するためには、最終的な着地点だけは明確に決めておくことだ。そして、そこに辿り着くまでの経路を、状況に合わせて、臨機応変に柔軟に、選択する方法のほうがよりベターではないか。
当面の着地点は、「自社のソフトウェア技術を 3 〜 5 年後に世界で 20 億台以上の普及が見込める全ての次世代携帯電話機に搭載させること」。これが乗組員が知るべきビジョンであり夢であり、この目標に向かって、「ソフィア・クレイドル」という船の針路を、毎日微調整しながら堅実に進めているのである。
変化の激しい、時代の最先端をいくようなベンチャーの場合、計画された年単位の事業曲線を辿ることを目標としない方が良い。寧ろ逆に、その日その日の事業曲線の瞬間の傾き(微分係数)と現在の値の最適なコントロールに集中するべきだ。これによって事業曲線の軌跡が美しく描かれ、目標とする着地点に最短経路で辿り着ける。
どんな冒険でも、瞬間、瞬間が大切なのだから、シンプルな事業計画書の必要性はお分かりいただけると思う。その冒険に参加する全員が、咄嗟に理解して行動するために。
実は、スタッフにも話したことがないのだが、事務所のどの席からも見渡せる「ホワイトボードに書かれている数字、文字、図など」が、いわば、現在時点でのソフィア・クレイドルの事業計画だ。事務所の「ホワイトボード」を冒険の地図と見なしている。その地図には事業全体のトレンドを示すために、私が描いた絵もあれば、技術のトップが書いた1ヶ月間の製品開発スケジュールもある。いまスタッフが議論している、社運を賭けた最高機密アルゴリズムの話もあったりする。
事業計画は刻々と変化してゆく。ソフィア・クレイドルに関わる全員がそれを発展させてゆくのだ。
「トップ 1 %のルール」で、50 人分の仕事を 1 人でこなせるような少数の精鋭を集めれば、少ないオフィススペースでも充分事業ができるとお話した。いや、スペースは少ないほうが良いかもしれない。全員がいつでもホワイトボードを見渡し、無意識のうちに「いま、会社で大切なこと」を知るために。
ホワイトボードが、家庭にあるようなテレビのような役割を果たし、自然と全員の潜在意識の中に「現在」の経営上の最重要課題が認識される。
ともに会社の業績は伸びてゆく、と思っている。