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Sophia Cradle IncorporatedPresident Blog : 2004年11月

2004 年 11 月 30 日 : Ride on time

上の階に上がるのに、わざわざ下りのエスカレーターでしかも駆け足で登る人は誰もいない。上りのエスカレーターに乗って上の階へと行くだろう。

当たり前のようだけど、ビジネスの世界でも「時流に乗る」とは、日常生活なら「上りのエスカレーターに乗る」ような感覚である。創った商品やサービスが、人びとに喜ばれ、感謝され、飛ぶように売れてゆく。そんなビジネスの仕組みを構築できればこの上なく最高だ。

もちろん、ビジネスの世界における「上りのエスカレーター」は目に見えないので、発見するのは日常生活ほど簡単じゃない。しかし、成功している人は、大抵、それを見つけるのがとてもうまくて、そこでビジネスを展開している。

「上りのエスカレーター」を発見するためには、どんな思考回路があればいいのだろう?

空間をいつも時間軸と事業領域軸の2軸で俯瞰して眺めている。

コンピューター業界の例で具体的に話をしてみよう。

コンピューター業界における大きなトレンドとして、コンピューターの小型化という流れがある。コンピューターがメインフレームミニコンワークステーションパーソナルコンピューターへと、高性能でありながら、どんどん小さく小型化され続けているということだ。未来のコンピューターは、もっと小さなものへと変化してくだろう。

ソフトウェア業界でこれからビジネスをするのであれば、まず、手乗りサイズくらいの大きさのコンピューターを対象としたソフトウェアで勝負するのが自然な流れだろうと考えた。そう、ちょうど、携帯電話だ。

売れる商品を開発するには、それがお客さまの何らかの重大な問題を解決してくれるかどうか、という視点が大切だ。絶対行きたくない歯医者だって、歯痛が耐え切れなくなると、治療を受けることになるように。

つまり、人びとの切実な悩みや苦痛である問題を発見して、それを解決する商品を創ったら良い。

いま見えない問題を発見したかったら、過去から未来へと繋がる歴史の流れというものをじっくり見てみれば、それは自ずと明らかになってくるだろう。

昔からコンピューターの世界では、「ソフトウェア危機」というキーワードがあって、巨大化するソフトウェア開発案件を、有限の開発要員で、どうやって解決したらいいのか!?という大変な至上課題が暗雲のように立ち込めていた。実際、それに対する解決策として、「オブジェクト指向」や「 UML 」などのコンセプトが打ち出され、いくつかのソリューションが実現されてきた。

難解な操作を解決するために Windows のようなグラフィカルユーザーインターフェイス( GUI )が開発され、誰もが簡単にコンピューターを使えるようになった。

とすれば、携帯電話サイズのコンピューターでも同じような問題が発生する可能性は充分あり得る話である。

事実、同じ問題が発生していた。

人びとの苦しくて重大な問題を、安全に、シンプルに、しかもクールに、解決してくれる商品は広告宣伝をしなくても売れていく。「時流に乗る」ためのひとつのヒントである。

2004 年 11 月 29 日 : コンセプトという名の ・・・

パレートの法則( 80 : 20 の法則 )に従い、枝葉末節に拘らず、最も大切な本質をおさえて行動すれば大抵うまくいく。

ソフィア・クレイドルは、今後、世界で利用される次世代携帯電話に組み込まれるソフトウェアを商品化し販売している。どのような思考過程を経て、今のビジネスをすることになったのか?そのあたりの発想の原点をまとめてみる。

IT 業界の方なら、オラクルというデータベース製造販売会社をご存知だろう。ソフトウェア業界ではマイクロソフトに次いで世界第 2 位の企業である。

創業当初、オラクルが開発したデータベース不具合(バグ)の塊といってもよく、その品質は極めて低いものであった。そもそもまともに動作することはまず無かったという。そこで、オラクルの創業者であるラリー・エリソンは、リレーショナルデータベースというコンセプトを売ることから始めた。

ソフィア・クレイドルは、オラクルの発想に似た形態でビジネスを進めているようだ。つい最近、「カリスマ」というラリー・エリソンの伝記を読んでいて、そう思った。少々古い本ではあるが、読んで面白くためにもなる本である。それは、あくまでも発想の問題であり、商品の完成度は弊社とはまったく異なるのだけれども。

オラクルが今日のように巨大企業になったのには、3 つの要因がある。

  • IBM が開発したデータベースの言語である業界標準の SQL を採用した
  • 様々なコンピュータで動作できる移行性に優れていた
  • コンセプトを売るのに長けていた

ラリー・エリソンは、はちゃめちゃなところのある人で、商品であるデータベースがいろんなコンピューター機種で動作するので、「浮気性なんです」なんて言って商品をプレゼンしていたらしい。これは一例に過ぎないので、もっと面白いところは本を読んでほしい。こんなにも笑えるビジネス書は滅多にない!)

私が携帯電話のソフトウェアビジネスを始める時まで、携帯電話のソフトウェアは、まったく統一されておらず、機種ごとにハードウェアオペレーティングシステムが異なり、それぞれ別々に開発する必要があった。アプリケーションを開発するためのプログラミング言語も、オープンに統一されていた訳ではなかった。また、組み込み系ソフトウェアの仕事といえば、泥臭い仕事というのが定評であり、そこにコンセプトというものが入り込む隙間は無かった。

オラクルがデータベースでやった戦略は、携帯電話のソフトウェアの世界でも有効だ。

すなわち、様々な携帯電話で共通のアプリケーションプラットフォームを提供すること。

それは―― C++ のような、標準的なプログラミング言語でアプリケーションを開発できるような環境。

そして――オブジェクト指向という、ソフトウェアモジュールを部品化して再利用する開発スタイル。

組込みソフト業界によろこんで受け入れられるコンセプトだろう、と考えた。

2004 年 11 月 28 日 : 成長曲線を描く

自分のであれ、人のであれ、成長を実感するということ。それは人生における最大の喜びであり、感動ではないだろうか。

何年も大企業で働いた経験があるからこそいえるのだが、ベンチャーほど人間的な成長を日々実感できる場は他に無いだろう。

ベンチャーでは、人は流星型の軌跡を描くように成長してゆく。ソフィア・クレイドルの社員は 20 代前半であり、彼らの成長のスピードに驚かせられると共に、それを楽しんで生きている。彼らからインスパイアされ、教えられることって多々ある。

それはベンチャー経営者にとって、最大の醍醐味かもしれない。

辛いことも多いが、ベンチャーはそれを労ってくれる、感動体験の連続なのだ。浜崎あゆみも歌っていたように、点がいつか線になる。宇宙空間の星のように、数え切れないほど点在するたくさんの小さい感動をつなげてゆけば、それはいつか緩やかな美しい曲線となる。何か感動を経験するたびに、人は自分の中に培ったその曲線に沿って、大きく成長してゆくのかもしれない。

大企業の場合、何年も先のことが見通せる。しかし、ベンチャーでは明日すら見えない。明日は自ら切り拓き、未来を創るのがベンチャーという冒険なのだ。

現代のパソコンの概念を考案した、コンピューター業界で最も尊敬する偉人、アラン・ケイ氏の有名な言葉に、

"The best way to predict the future is to invent it."(未来は自ら創るものである。)

がある。

いつもこの言葉を胸に刻んで、人びとが感動できるような「夢のある未来を創造する」ことを人生最大の目標として生きている。

2004 年 11 月 27 日 : 飛ぶように売れる商品

1964 年に米国 IBM 社から発表された、コンピューター史上に燦然と輝く金字塔、IBM System / 360

これがコンピューター業界の巨人、IBM を築き上げた最大の立役者である。

40 年を経たいまも、銀行、工場、研究所等々、世界中の至るところで、このアーキテクチャー(コンピューターの設計思想)を継承するコンピューターが稼動している。何十年にもわたり通用するように構想された、画期的で素晴らしいコンピューターである。

コンピューター関連のビジネスで成功を収めようとするのならば、「なぜ IBM System / 360 は成功したのか?」を研究してみるとよい。その本質からいろんなビジネス上のアイディアがインスパイアされることだろう。

IBM System / 360 以前のコンピューターは、小型、中型、大型という大きさの軸、商用、科学技術計算用という用途の軸、これら 2 軸から成る 2 次元空間に別個のタイプのコンピューターとして点在していた。各々のコンピューターで動作するプログラムは、コンピューター毎に開発しなければならなかった。

例えば、あるコンピューターで動作する経理システムを別のコンピューターで動作させようとすれば、そのために同じ内容のその経理システムを改めて開発する必要があった。

IBM System / 360 の場合、小型機でも大型機でも、そして商用でも科学技術計算用であっても、プログラムを一つだけ開発すれば良かった。そのプログラムは小型から大型まで全ての機種でシームレスに動作するように普遍的に創られていた。

「汎用計算機」と呼ばれた、IBM System / 360 は、現在でも利用できるほど、未来のコンピューティングスタイルを見通した、洗練されたアーキテクチャー(設計思想)を搭載していたわけだ。

誰もが思いつくほど単純で当然のことのようである。しかし、極めて画期的な出来事であり、これがコンピューター史上の変極点となった。

何十年にもわたって利用される商品を創作するヒントがここに隠されている。

実社会のさまざまな力学的な物理現象の解明や検証で応用される、ニュートンの運動方程式

    m α = F

こんなシンプルで普遍的な原理原則に基づいての商品の研究開発が必須であろう。

では、ソフィア・クレイドルでは、日常、具体的にどのようなアプローチで研究開発を実践しているのか?

昨日、ソフィア・クレイドルのホームページ上に内部的な仕組みや動作について技術資料を公開した、携帯 Java 専用アプリ圧縮ツール SophiaComprss(Java) を例に取り上げてみよう。

ソフィア・クレイドルのビジネスモデルの基本形は、汎用的で普遍的なソフトウェアを研究開発し、商品として実用化し完成させる。そして、その商品を世界中に配布することで収益を得るというものである。

SophiaComprss(Java)は、Javaと呼ばれるプログラミング言語で開発されたプログラムの物理的なサイズを最小化するJavaプログラム圧縮ツールだ。実は、いまはこの機能で売り出してはいないが、プログラムのソースコードを暗号化し、ハッキングできないような仕組みまで搭載されている。

Java にはサーバー用、パソコン用、携帯電話などの組み込み機器用とさまざまな用途に応じて、いろんな種類が用意されている。さらに、携帯電話用の Java は、キャリア毎に Java の API 仕様が異なっていたりする。

世の中のありとあらゆる Java の仕様に併せて、商品であるソフトウェアを開発するとなれば、膨大な人と時間、コストが要求される。我々のようなベンチャーでは、商品化自体が事実上不可能ということになる。

しかし、世界中にある、百花繚乱ともいえるバラエティなJavaというシステムの全てに共通するものが唯一つあった。それはJavaのエンジンともいえる JavaVM ( Java 仮想計算機と呼ばれる) であった。JavaVM とは Java の動作原理そのものだ。

3 年前、携帯 Java アプリ開発において、携帯電話に搭載されるメモリ制約や通信コスト削減などの問題のため、そのプログラムのサイズを縮小するというニーズが発生していた。

技術的に難解な仕事だが、JavaVM というものの仕様とその仕組みを分析し、解明しさえすれば良かった。しかも、研究開発し実用化した商品は、世界に存在するありとあらゆる Java のシステムに対して利用可能なものとなる。そういう経緯で、Java アプリのサイズを半分に圧縮してくれるツール SophiaCompress(Java) は開発された。

今は、日本市場でしか販売していてない。世界市場への進出は来年からだ。既に国内キャリアの公式サイトやビジネス用途の携帯Javaアプリで数え切れないほどの実績がある。お陰さまで、今年に入ってから、SophiaCompress(Java) の販売本数が飛躍している。

荷物が少なければ高く飛ぶことができる。(これは、絵本作家でミュージシャンの自らの作品に対する言葉である。)しかも、飛ぶための骨格も軽量に設計されていれば、なお高く飛べるのであろう。

2004 年 11 月 26 日 : Art is long.

傑作と称される「芸術作品」の息は永い。何百年、何千年、何万年と、その生命は永遠といってもよい。

モーツアルトバッハベートーヴェン。これらの巨匠が作曲したクラシック音楽の作品を好んでよく聴く。全ての作品のあらゆる旋律が、全体として完璧なまでに調和がとれ、言葉では表現できないくらい、心地良く美しい。

人びとから愛し続けられる「芸術作品」というものは、フォルムも美しく、眩しいほど輝いている、と感じる。

ソフィア・クレイドルは、スタッフがアーティストとして、製品(社内では「作品」と呼んでいる)をプログラミングし、マーケティングする。あらゆる面において、芸術的な感性を大切する会社である。

「芸術作品」のレベルにまで仕上げることによって、人びとから作品(製品)が永く喜ばれ、愛される。このことがスタッフの励みとなり、相乗効果を増すように、次の創作活動の意欲へと繋がってゆく。

芸術の本質は「その作品が好きかどうか?」というところにある。

自分たちが惚れ込んでしまうほどの作品だけが、人びとからも喜ばれ、愛される資格がある。だから、プログラミングにしても、マーケティングにしても、妥協は許されない。自分たちが惚れ込んでしまうほどの感動的なアウトプットが出せない限り、「芸術作品」と呼べない。

芸術への道程は長い。

心地よいソフトウェアのソースコードには美しいフォルムがある。モーツアルトが記した名曲の楽譜と同じである。作品であるプログラムのソースコードにも外見上の美しさを追求する。

創業当初、ベンチャーの宿命かもしれないが、背に腹をかえることができず、不本意な作品を世に出させてしまうこともあった。(一般的なマーケットの評価から言えば、十分品質的に合格していたのだが)

欠陥があるのではない。製品として充分に役割を果たし、人びとの役に立っていた。寸分の妥協をも許さないプロとしては不本意なレベルだった。

創業して 3 年となり、ラインナップは充実し、実績が生まれ、売上や利益も加速している。作品がよく売れるようになった。

フラグシップともいえる代表作品のリリースアップを全面凍結した。これまでの異常ともいえる研究開発スピードをひとまず緩め、人びとに永く悦んでもらえるような作品とすべく、そのクオリティを高める仕事に没頭するためだ。

3 年間もの長きにわたった、代表作品の研究開発プロジェクトがまもなく一段落する。2005 年春、我々の最高傑作とも言える「アート」を世に送り出せる日が今から待ち遠しい。

願わくば、人びとに末永く喜ばれ、親しんでもらえるような、息の長い「芸術作品」と呼べるものへと育ってほしい。

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2004 年 11 月 25 日 : 事業領域を定める

東の東急電鉄、西の阪急電鉄。いずれの電鉄会社も未開で片田舎の土地を安価に買い上げ、宅地造成し、鉄道を敷いた。人々は、元値を遥かに凌ぐ高値でその土地を買い求めて集まっていった。そして、東急にしろ、阪急にしろ、今の姿ができあがった。

電鉄会社が巨大化していった経緯を洞察することで、商売の儲けについて、その本質を垣間見ることができるだろう。

人が集まるところで店を開かないと儲からない。しかし、現代では、人が集まっているところは競争が激烈すぎる。生き残るのさえ至難の業なのだ。

そこで、求められる発想とは何か?

それは、現在は誰もいないけれども、何故か突然、3 年後ぐらいに人々がどっと押し寄せるような場所を探し出すこと。その探索のセンスや、感性といったものを磨くこと。

ブームに流されやすい日本人の大多数はこういう発想がしづらいかもしれない。進学する学校、就職する会社にしても、本当はそれほど好みでなくても、自分に合っていなくても、人気の高いランキング上位のところに押し寄せてしまう。例えるなら、それは好き好んで通勤ラッシュの満員電車に駆け込むようなものだろう。

日本の大学受験最難関といわれる東京大学理科 3 類。「大学受験」という世界では最高峰である。しかし、東京大学医学部出身者で、ノーベル賞を獲るなりして、画期的な研究や社会への貢献をなし、誰もが知るような人はいるだろうか?辛うじて、受験界のカリスマ、和田秀樹氏が有名人といったところだろうか。

あんなに IQ が高いといわれている人たちでさえが自分の全知全能を活かし切れていないようだ。競争の激しいところにばかり注目が集まり、全員がそこに殺到し、無意味な競争を繰り広げて疲弊している。

これが日本の現実の姿だ。

こういう日本だからこそ、たとえ能力や才能で少々見劣りしても、コロンブスのように、まだ競争のない、将来性のある世界を発見するだけで、輝かしき未来への道が拓ける。

携帯電話向けソフトウェア事業を構想したのはちょうど 3 年くらい前のことだ。当時、あの i モードと呼ばれる携帯電話向けコンテンツサービスが活況を呈し始めていた。NTT ドコモの最盛期の時代だった。KDDI はいまのボーダフォンである J フォンにも携帯電話契約者数で追い抜かれて、どん底のポジションにあった。

「チャンスは KDDI に!」と、瞬間的に閃いた。

なぜなら、KDDI は次世代携帯電話の通信技術である CDMA と呼ばれる通信方式で携帯電話サービスを行っていたからである。いずれ携帯電話も旧世代から新世代に切り替わる。しかし、NTT ドコモは、通信方式が PDC だった。設備等の改変の段取りで、次世代携帯電話への切り替えが遅れに遅れていた。

周囲のモバイル関係会社はどこもかしこも NTT ドコモ詣でを繰り返し、KDDI 関連ビジネスは盲点のような存在になっていた。

ソフィア・クレイドルが経営資源を集中している BREW のサービスがKDDI でスタートしたのは、2003 年 2 月末のことだ。我々が創業した 2002 年、BREW は KDDI に採用されるかもしれないが、依然として未知数のようなモノにすぎなかった。

だが、この BREW という携帯電話のプラットフォームを提供していたのは、アメリカにあるクアルコムという名の会社だった。この会社は CDMA という次世代携帯電話の通信技術を研究開発し、これに関するありとあらゆる国際特許を所有していた。しかも、通信業界では国際的に知名度が有り、実績も兼ね備え、その名を世界中に轟かせていた。

数年のうちに、BREW というプラットフォームが世界の次世代携帯電話向けソフトウェアのデファクトスタンダードとなり得る、と自明の如く信じた。

しかも、日本のモバイル関連会社はどこもかしこも i モードに全力投球していた。これを見て、まさしく、人生において 2 度と訪れることのないビッグチャンスだとふたたび確信した。

このベンチャーに人生を賭けることができた。

2004 年 11 月 24 日 : 事業計画はシンプルに

どこの家庭にもあるテレビ。人は自分の趣味嗜好にチャンネルを合わせる。テレビは直接的に、間接的に人びとの潜在意識に大きな影響を及ぼしている。

ソフィア・クレイドルには数十ページにもわたる MBA のコースで習うような事業計画書は存在しない。過去、確かにそのようなものは存在した。大企業でのサラリーマン生活が長かったせいか、MBA の学位も取れそうなほど経営学なるものの勉学にいそしみ、立派に知識だけは自分のアタマの中に詰め込んでいた。が、それは机上の空論に過ぎず、ベンチャー起業には全くといっていいほど役に立たなかった。

現在の規模のビジネスであれば、形式的な事業計画書なんてものは不要だ。実用的なものだけがあれば良い。確かに、外見も素晴らしくしっかりした事業計画書は、資金調達の時には必要かもしれない。しかし、自己資金だけで事業が充分にまわり、金融機関、ベンチャーキャピタルなどの第3者から資金を仰ぐ必要もまったくないわけだから、敢えてそのようなものはいらない。実質的に事業を伸ばすことだけに集中する方が良いだろう。

ベンチャーを始めるときに注意しないといけないことがある。なんせ我々のチームはとても若いのだ。将来の逸材も最初はただの普通の人として出発する場合が多い。皆が皆、最初から超人的に仕事ができるわけではない。

スタッフの平均年齢は 23 歳である。事業計画もそのような年代に簡単に理解できるほどシンプルであるべきだ。スタッフのベクトルを一致させるためにも必要なことだ。ベクトルが合わなければ、各々のベクトルの総和はゼロ、場合によってはマイナスにさえなってしまう。これでは何のために事業をしているのか意味が分からなくなる。

さらに、時間刻みで激しく変化する業界の場合、もう一つ大切なことがある。それは年単位で計画を立ててもその通りにならないということだ。それに合わせようと無理すると会社自体がおかしくなることもよくある。これに対処するためには、最終的な着地点だけは明確に決めておくことだ。そして、そこに辿り着くまでの経路を、状況に合わせて、臨機応変に柔軟に、選択する方法のほうがよりベターではないか。

当面の着地点は、「自社のソフトウェア技術を 3 〜 5 年後に世界で 20 億台以上の普及が見込める全ての次世代携帯電話機に搭載させること」。これが乗組員が知るべきビジョンであり夢であり、この目標に向かって、「ソフィア・クレイドル」という船の針路を、毎日微調整しながら堅実に進めているのである。

変化の激しい、時代の最先端をいくようなベンチャーの場合、計画された年単位の事業曲線を辿ることを目標としない方が良い。寧ろ逆に、その日その日の事業曲線の瞬間の傾き(微分係数)と現在の値の最適なコントロールに集中するべきだ。これによって事業曲線の軌跡が美しく描かれ、目標とする着地点に最短経路で辿り着ける。

どんな冒険でも、瞬間、瞬間が大切なのだから、シンプルな事業計画書の必要性はお分かりいただけると思う。その冒険に参加する全員が、咄嗟に理解して行動するために。

実は、スタッフにも話したことがないのだが、事務所のどの席からも見渡せる「ホワイトボードに書かれている数字、文字、図など」が、いわば、現在時点でのソフィア・クレイドルの事業計画だ。事務所の「ホワイトボード」を冒険の地図と見なしている。その地図には事業全体のトレンドを示すために、私が描いた絵もあれば、技術のトップが書いた1ヶ月間の製品開発スケジュールもある。いまスタッフが議論している、社運を賭けた最高機密アルゴリズムの話もあったりする。

事業計画は刻々と変化してゆく。ソフィア・クレイドルに関わる全員がそれを発展させてゆくのだ。

トップ 1 %のルール」で、50 人分の仕事を 1 人でこなせるような少数の精鋭を集めれば、少ないオフィススペースでも充分事業ができるとお話した。いや、スペースは少ないほうが良いかもしれない。全員がいつでもホワイトボードを見渡し、無意識のうちに「いま、会社で大切なこと」を知るために。

ホワイトボードが、家庭にあるようなテレビのような役割を果たし、自然と全員の潜在意識の中に「現在」の経営上の最重要課題が認識される。
ともに会社の業績は伸びてゆく、と思っている。

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