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Sophia Cradle IncorporatedPresident Blog : 2005年03月

2005 年 03 月 16 日 : BREWとは

この日記に頻繁に登場する『BREWBinary Runtime Environment for Wireless)』について、携帯電話の動向も交えてまとめてみよう。

プロモーション活動があまり推進されていないので、KDDIの『EZアプリ(BREW)』が利用できる携帯電話のユーザーでもない限り、『BREW』と聴いてもピンとこない人が多いような気がする。NTTドコモの『iアプリ』なら携帯電話でゲームができるプラットフォームとして、きっと大半の方がご存知だろう。

『iアプリ』と同じように、『BREW』はインターネットのサーバーに置かれたアプリケーション(ソフトウェア)を携帯電話にダウンロードして利用するシステムだ。現在はゲームなどのアプリケーションが中心だが、将来的には電話帳やメーラー、ブラウザといった携帯電話に組み込まれるようなソフトウェアまでもがダウンロードして入れ替え可能になる。『iアプリ』は『Java』、『BREW』は『』や『C++』というプログラミング言語をベースにしている点が構造上の目立った違いである。(『BREW』上で『Java』も利用可能なので、『BREW』と『Java』を単純には比較することはできないのだが…。)

『日本語』、『英語』、『スペイン語』・・・、世界にはいろんな言語が存在し、日常生活で使っている言語によって生活や仕事の環境が影響され言うまでもなく言語は重要な位置付けにある。それと同じようにコンピューターの世界においても、どのプログラミング言語によってソフトウェアを開発し運用するかはとても重要な要素だ。

ソフトウェアの致命的な弱点は、それが人手によってしか開発できない点にある。携帯電話はiモードが発表された1999年を境にして、コンピューターとしての側面から急激にハードウェア機能が進歩している。コンピューターの場合、ハードウェアとソフトウェアは車の両輪もいえるくらい両者のバランスは大切だ。ハードウェアが進歩すればそれにあわせてソフトウェアも進歩しなければトータルとしての携帯電話の価値が損なわれてしまう。

だから、ハードウェア機能がハイエンドなものになれば、それだけソフトウェアも大規模化し複雑化する。機械的な仕組みによって「ソフトウェア」が開発されるのならば何ら問題ないのだが、現実は科学技術が発達した今でも、ソフトウェアは高度であればあるほど職人技を駆使して開発される傾向にある。

そんな風にして携帯電話のソフトウェアが開発されるとするならば、それが大規模化し複雑化すればするほどソフトウェア開発費が膨らむことになる。現在では携帯電話の総開発コストの80%はソフトウェアが占めるようになってきているという。でも開発費が高くなったからといって、製品価格を高くして利用者にしわ寄せすれば今度は売れなくなってしまう。

『Java』や『BREW』以前は、携帯電話のソフトウェアというものは、携帯電話のメーカーごと機種ごとに個別に開発されてきた。膨大な費用をかけて開発されたソフトウェアがその機種だけでしか動かないとすれば非常に効率が悪い。しかし、この問題も携帯電話の機種やメーカーによらず、ソフトウェアのプラットフォームを統一すれば、多種多様なたくさんの携帯電話でそのソフトウェアが利用可能になる。従って、たとえソフトウェアの開発費が膨大になったとしても、それだけ多くの携帯電話で利用可能になれば1台あたりのソフトウェアの費用を妥当なレベルにまで逓減できるのだ。

そのような背景から生まれたのが、『BREW』であり『Java』という次世代携帯電話向けの統一されたソフトウェアプラットフォームである。基本的な思想としては、『BREW』や『Java』というプラットフォームの標準に準拠して開発されたソフトウェアは、世界中の携帯電話で同じように利用できる、というのが大きなメリットだ。

『Java』は10年ほど前に登場した比較的新しい高機能なプラットフォームであるが、『BREW』の要素技術となっている『C/C++』は30年ほど前に登場したプログラミング言語である。『C/C++』はコンピューターのCPUメモリーに速度的、容量的な制約があったとしてもハードウェアを直接制御することで、『Java』に比べて小さくて速いソフトウェアを開発できる。(同じ処理内容のプログラムでもJavaとCを比較すれば速度的に数倍、場合によっては10倍くらいの開きがでるという。)

2001年1月にBREWは米国クアルコム社によって発表された。KDDIでBREWのサービスが始まったのは2003年2月末なので、国内では今年がBREWの3年目の年となる。2005年2月時点で、世界的には24ヶ国41の通信事業者が『BREW』を採用している。

NTTドコモの『FOMA』でも利用されている『CDMA』という次世代携帯電話の基本的な特許の大半を米国クアルコム社が抑えているだけに、次世代携帯電話の普及と共に『BREW』が搭載された携帯電話は世界中で急増する見通しだ。最近ではヨーロッパ、アジアで普及している『GSM』という技術に基づく携帯電話でも『BREW』は利用可能になっているし、米国Intel社の携帯電話用チップである『XScale』でも『BREW』は稼動する。

携帯電話用ソフトウェアのプラットフォームとして、『BREW』、『Java』以外にも『Symbian』、『Linux』といったOSも存在するのだが、時間の経過と共にパソコンと同様に一つに『収斂(コンバージェンス)』してゆくだろう。

『BREW』以外の『Java』や『Symbian』、『Linux』は高性能なハードウェアが前提になっているだけに、ハイエンドの携帯電話にしか搭載できない点が懸案事項ではないかと思う。世界の携帯電話市場では一年の7億台以上もの携帯電話が出荷されている。その大半が50ドル前後の携帯電話らしい。『ネットワーク外部性』でもお話したようにインターネットの時代ではテクノロジーそのものよりもそれに関わる『数』そのものに大きな価値がある。『BREW』であれば、50ドル前後の携帯電話でも搭載することが可能だ。

携帯電話が次世代へと移り変わる中にあって、世界の携帯電話市場に激変が訪れるだろう。それがどのように推移していくかは興味深いし、ベンチャーにとって絶好の参入の機会ではないだろうか。

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2005 年 03 月 15 日 : ナチュラルな発想

先日NHK衛星放送で放映された「第19回日本ゴールドディスク大賞授賞式」の模様をビデオで観ていた。それによると、2004年に最もCDが売れたアーティストは「ORANGE RANGE」だそうで、アルバムとシングルを合わせてトータル456万5,370枚のセールスを記録したという。

「ORANGE RANGE」は2003年にメジャーデビューしたアーティストだから、たった2年で大賞に輝いたことになる。(インターネットで調べていると、デビューは2002年のようだ。デビューからしてもたった3年で日本の最高峰を極めた。)たくさんの人びとから支持されるほど素晴らしいものであれば、あたかも光速のようなスピードでひろがってゆく。それが“ソフトウェア”ビジネスの特色かもしれない。ここにも「ネットワーク外部性」が働いているかのように思えて不思議だ。

デビューして間もない「ORANGE RANGE」というアーティストはファーストアルバムである「1st CONTACT」とセカンドアルバムである「musiQ」の2枚のアルバムしか発表していないので新進気鋭のミュージシャンといえるのかもしれない。これら2枚のアルバムを聴き比べてみると、素人の判断で恐縮なのだが彼らの成長の軌跡がなんとなく感じとれる。「musiQ」の「ミチシルベ」「花」「ロコローション」の3曲が特にお気に入りなので彼らの活躍は個人的にも喜ばしい出来事なのである。

さらに数字の話で恐縮なのだが、アルバムとシングルを合わせて456万枚のCDが売れたのだから、売上金額に換算すれば100億円前後ではないかと推察される。しかし、「ORANGE RANGE」という年齢20歳くらいの、たった6名からなるアーティストのグループが、3年という短期間で素晴らしい作品を世に送り出したところに、私は希望のようなそれこそゴールドに輝く未来を展望している。

世の中の潜在的なニーズを満たし、人びとの生活を豊かに幸福にさせてくれるクオリティの高い作品をアウトプットし、時代の趨勢やメガトレンドといったものにシンクロすることによって、私たちもそんなことが達成できるのではないか。社会の潮流を眺め感じ洞察し、その流れに自然に任せるようなかたちで、真に求められるハイセンスなモノを世の中に送り出したい。

傑作といえるような作品を創作するためのヒントを、農業や栽培関係にも見出すことができると思う。例えば、これは専門用語でもあるようなのだが「間引き」もそのひとつだ。間引きとは種を蒔いた苗床で密生している苗を適度に調整しながら取り去ることであるが、それは何故かというと、一本一本の苗に充分な栄養を行き渡らせ、苗を立派に成長させるためである。

それ以外にも発芽したばかりの苗を育てる方法に関心を持っている。というのはベンチャーにおいては、製品は発芽したばかり苗であって、それを如何にして育てて栄養を行き渡らせて、世の中に役立つものとしてひろめてゆくかというのが至上命題であるからだ。

だから、その製品が利用されている現場から得られる、さまざまなノウハウは、農作物でいうところの栄養に匹敵するように思える。今現在はソフィア・クレイドルでは営業、宣伝、広告といったプロモーション活動を一切していない。そんな風なマーケティングであるので、切実にソフィア・クレイドルの製品を必要とされるお客さまからの注文が多い。そういった差し迫った状況に追い込まれたお客さまの現場に存在するニーズやウォンツを知ることによって、パーフェクトな素晴らしい製品に育てることができるのではないか。

ベンチャー創業期は人員や体制など諸々の面で経営資源が限られるだけに『選択と集中』は必須である。実はお客さまも一つの重要な経営資源である。ベンチャーの成長にとって追い風になってくださるお客さまが自然に集まってくださるようなメカニズムの確立もひとつの考え方といえるかもしれない。

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2005 年 03 月 14 日 : ネットワーク外部性

インターネットやITの業界にいると『ネットワーク外部性(Network Externalities)』というキーワードをよく耳にする。『ネットワーク外部性』とは『ネットワークに参加する利用者の数が増えれば増えるほどそのネットワークの価値は高まる』というネットワーク効果のことである。

電話、FAX、インターネットなど世の中の様々なものに関してこのネットワーク効果が働いている。例えば、インターネットに接続することによって既にインターネットに接続しているすべての人とメールなどでコミュニケーションを取ることができる。その価値はインターネットそのもののテクノロジーよりもそれに加わっている利用者の数の方が大きくものを言う。

しかし、『ネットワーク外部性』そのものが機能するためには、ネットワークの利用者の数が『クリティカルマス(Critical Mass)』と呼ばれるある一定の普及率を超えなければならない。その普及率は経験的に潜在全利用者の10〜15%程度といわれている。そのネットワークに参加している利用者の数がクリティカルマスを超えると共に『ネットワーク外部性』は顕著に現れる。

インターネットにしても携帯電話にしても、それらが世の中に初めて導入された初期の頃は利用者数の伸びは緩やかだった。ある時点を境にして急激にその普及が進んだ。その普及のペースが一気に変わる変極点のようなポイントがクリティカルマスだ。

ソフトウェアビジネスを展開する上で、『ネットワーク外部性』と『クリティカルマス』の概念を抑えておくのは極めて重要である。自分が所属する業界の利用者が確実に増え、かつ普及の面でもそれを超えるであろうことが十分に見込めないと、折角のベンチャービジネスも頓挫する可能性が高くなってしまうからだ。

『ネットワークの価値はその利用者数の2乗に比例する』という有名な『メトカーフの法則(Metcalfe's Law)』も『ネットワーク外部性』に由来している。ネットワークの価値が利用者数の2乗に比例するのかどうかは経験則によるらしく定かではないが、利用者数が増えれば増えるほど、それだけ加速してネットワークの価値が高まるのは簡単に理解できるだろう。

ベンチャービジネスの場合、ネットワークの人口がゼロの状態からそのネットワークに参加することもよく聞かれる話である。私たちがBREWのビジネスに参入した時点では、日本国内でのBREW人口はゼロだった。その時、重要なポイントが一つあって『ネットワーク外部性』が表面化するにはそのネットワークに関わる人口の普及率がクリティカルマスである10〜15%を超えなければならない、ということだった。それまではこのジャンルで頑張っていてもなかなか思うように成果は現れない。

また、クリティカルマスを超えなければ、その事業は一時的な現象か流行といったものに終わってしまうので、本当にそれを超える確証があるのかというような考察も十分しておいた方がよいだろう。

例えば、2005年2月末時点でBREWが搭載されたKDDIの携帯電話は870万台となっている。KDDI全体としての携帯電話の普及台数は1900万台であるから、KDDI内ではBREW普及率は45.8%であり、KDDI内でBREWはクリティカルマスを既に超えている。KDDIに関する限り、いまBREWの『ネットワーク外部性』が急激に上昇していると予想される。日本全体では携帯電話の普及台数は8600万台であるから、国内のBREWの普及率は10.1%である。国内では、BREWはクリティカルマスに到達しているかもしれない位置にあるといえる。

NTTドコモは2005年末からBREWを採用する意向表明をしているので、2006年以降、NTTドコモでもBREWを採用する携帯電話の機種が増えれば、国内全体としてもBREWはクリティカルマスを突破し、『ネットワーク外部性』が飛躍する可能性がある。

BREWは国内だけでなく米国、欧州、アジアでも急激にその普及が拡がっている。『ネットワーク外部性』はネットワークに加わる利用者の数が大きな影響を及ぼすだけに、世界レベルでその普及率の推移を見守る姿勢は欠かせない。

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2005 年 03 月 13 日 : ソフトウェアの未来

最近話題のSONYの飛躍のきっかけは、その当時、世界一小さかったトランジスタを核とした“ポケッタブルラジオ”「TR-63」で、これを契機にしてその後発展に次ぐ発展を遂げた。SONYのサイトによれば“ポケッタブル(Pocketable)”というのは和製英語で正式な英語ではなかったらしい。今では英語の辞書に”ポケッタブル(pocketable)”とは”ポケットに入れて持ち運べるほど小さい(Small enough to be carried in a garment pocket)”という意味の言葉として掲載されている。

SONY以前、ラジオはトランジスタではなく真空管で作るというのが常識だった。でも真空管のラジオはとてもポケットに収まる代物じゃなかったので、誰もが手軽に持ち運びできるようなラジオなんて想像すらできなかった。そこにSONYの革新があった。ポケッタブルラジオは、その当時の人々の潜在的なニーズを呼び覚まして飛ぶように売れたという。

現在、携帯電話を一種の“ポケッタブルコンピューター”として置き換えて考えてみると、さまざまな面白い発想が浮かんでくる。アップルのパソコンでは、『ワイヤレスキーボード&マウス』として『Bluetooth』により無線でキーボードとマウスが本体のパソコンと接続可能だ。将来は、ディスプレイも含めてすべてのパソコンの周辺機器が無線で接続されたとしても不思議ではない。

光ファイバーによるインフラ整備やデータ圧縮やワイヤレスコミュニケーションなどの科学技術の進歩によって、インターネットコミュニケーションもさらにワイヤレスにブロードバンド化が進む。セキュリティ技術の研究開発の進歩も目覚しいので、私たちが普段利用している大量のデータをパソコンのハードディスクに保存する必然も無くなる。安全な銀行のように情報を預けれる施設があれば十分で安心さえできるようになるだろう。

パソコンにしてもこれ以上のスピードをインテルCPUに求める人も少ないと思うのだが、数年後には、確実に携帯電話に現在私たちが利用しているパソコンと同機能以上のCPUが搭載されるだろう。そうなれば想像もできないほどの革新が社会に起こるのではないだろうか。

以上のようなことから、携帯電話は本来の電話だけの機能ではなく、より汎用的な持ち運びできるコンピューターへと進化の道を歩んでいるように思える。

来年から、携帯電話に『ナンバーポータビリティー』の制度が導入されることになる。この制度により利用者は携帯電話の番号を変えずに携帯電話のキャリアや機種を自由に変更できる。携帯電話を一種のコンピューターとするのならば、そもそもコンピューターというものはハードウェアだけでは何も役に立たず、ソフトウェアがあるからこそ、その機能が果たされるわけだ。その意味で携帯電話が利用者に選ばれる理由として、ソフトウェアの位置づけが急激に重要なものになると予想される。

一方、パソコンのようなコンピューターが携帯電話サイズの大きさになるとするならば、テレビやビデオ、冷蔵庫、自動車などさまざまな機器にも超小型の高機能CPUが搭載され、しかもそれらの機器はネットに接続され協調して動作するだろう。そんなコンピューティング環境を誰もが手軽に自由自在に扱えるようにするために、今以上に大きなソフトウェア需要のムーブメントがきっと湧き起こるだろう。

これまでのように人手に頼ってソフトウェアを開発する方式ではそんな時代の要請に応えることは難しい。昨日お話した『メタプログラミング』のような手法により、使いやすく安全なソフトウェアを大量に自動生成するシステムが、今後より一層、求められることになるだろう。

2005 年 03 月 12 日 : メタプログラミング

ブラウザやメーラー、表計算などの便利で使いやすいプログラム(アプリケーション)のお陰で、たくさんの恩恵を受けている。

自動車や家電をロボットが自動的に製造するように、こういったコンピューターのプログラムが自動生成されるとすればどうだろうか。

プログラムを生成するプログラムのことを『メタプログラム』という。メタとは「上位の(above)」とか「超えて(beyond)」というようなことを意味するギリシャ語に由来する接頭語だ。いまソフィア・クレイドルではプログラムを自動生成するための『メタプログラミング』という概念とそのメカニズムの実現について研究開発を推進している。(携帯プログラムのサイズを半分にするSophiaCompressもプログラムを生成するという意味において一種のメタプログラムである。)

こんなに科学技術が進歩しているのに、プログラムだけは相変わらず大半の部分を人手に頼った方法によって製造されている。人間というのは必ずミスをする性質を持っている。そのため、どんなプログラムでもバグ(不具合)の存在からは免れない。大規模なプログラムであればあるほど、バグが含まれる可能性が高いといえよう。

WindowsにしてもWindowsXPになってようやく安定してきたが、WindowsMeやWindows98までは利用している最中にハングしてWindowsが立ち往生するのは日常茶飯事のことだった。もしそんなプログラムが飛行機や原子炉のような人命に関わる運行システムに使われるとすればどうだろうか。

プログラムを生成するための『メタプログラミング』の仕組みが確立されれば、それによって自動的に生成されるさまざまなプログラム(アプリケーション)も大元の『メタプログラミング』に信頼性があればすべて信頼できるものになる。

地球上には植物や昆虫、魚、鳥、哺乳類などいろんな生物が存在しているが、遺伝子の構造自体は共通していて、生物の遺伝子の中の情報のちょっとした差異がそのような多様性を生み出しているようだ。メタプログラミングの研究のヒントも見出せるかもしれない。

『メタプログラミング』によってプログラミングの世界は次のステージへと新たな進化発展を遂げるような予感がする。

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2005 年 03 月 12 日 : Ups and Downs

SONYのトップ人事の件を含め、最近のビジネス環境において栄枯盛衰の激しさが増しているように感じる。しかしその中にあって長年に渡って存続し、堅実に事業を伸ばしているような企業も少数派ながら存在している。

SONYの件はトップが代わるのを契機に、不透明感は残っているが変化するのは確かなことだと思う。SONYという会社は、数年前まで超優良企業と目されていただけに、世の中のビジネス環境の変化のスピードの速さとスケールの違いを改めて実感する。21世紀に入って時間の流れが加速しているかのように思うことが多くなった。それだけに栄枯盛衰が激しさを増しているのかもしれない。或いは、個々の人間や人類そのものが置かれている状況や環境がいつの間にかすっかり変化しているのに、人間だけがなかなかそれに気付けないことが多いとということなのかもしれない。

人生でそんなに滅多に体験できない創業というチャンスであるから、これを大切にし育てることを第一に考えて経営し、長年に渡って事業を堅実に伸ばしていきたいと思っている。

今の時代、大企業と雖も一瞬先は闇と言える。ましてベンチャーであればなおさらかもしれない。そんな厳しい時代にあって、参考になるのは、長年に渡って生き長らえてきたクラシックや絵画、古典、建造物などであろう。難解なところもあり、理解しがたいところもあるが、これらの芸術作品に共通するのは、欠陥というものが皆無で、パーフェクトにしかも自然に調和が図られているという点にあるような気がする。

ソフィア・クレイドル自体、創業して4年目である。組織の歯車に不足があることも事実と思う。その欠陥の一つ一つを解消していく努力こそが、繁栄する企業へと積み上げてゆくための、欠かせない部品となるのだと思う。

幸いにして、京都は歴史が長く、古き良きことから、身近にいろんなことを学べる機会に溢れている。

2005 年 03 月 11 日 : コンバージェンス

無(ゼロ)』から創まる、そんなベンチャーが長きに渡り継続的に発展するにはどうすればいいのだろうか。どのようなメカニズムが必要なのだろうか。インテルとマイクロソフトは『ウィンテル』として共に「CPUの処理能力は18ヶ月で倍増する」という『ムーアの法則』に従った事業戦略を展開し、現在も堅調に成長を続けている。大抵の場合、飛躍的な成長の裏には、何らかのしっかりとしたコンセプトやトレンドが確実に存在している。生き物でいえば、骨格に相当するようなものだ。

今は誰の目にも見えないのだが、何年後かの未来社会ではユーザーにとって必要不可欠なものを、鮮明にイメージできるセンスや才能を磨かなければと思う。日常生活のちょっとした兆しや変化からその後の未来の動向を予測し、その実現に向けて全力投球する姿勢がベンチャー経営者には必要だろう。

あまり聞きなれないキーワードかもしれないが、『コンバージェンス』を意味するようなトレンドが未来の高度情報化社会では重要視される。そんな風に考えて、私は『ソフィア・クレイドル』というベンチャーを創業した。辞書で調べてみると、『コンバージェンス』は「converge」という英単語から派生した言葉でそれは「(of a number of things)gradually change so as to become similar or develop something in common」(Oxford Dictionary of English)と定義されていたりする。『元々は異なるたくさんの物事が徐々に一つのものに収斂してゆく』という意味だ。

昔は文字しか入出力できなかったパソコンが、今では文字以外にも音声、画像、映像などいろんなメディアを扱える。だから、パソコンが一台あればすべて事足りるというのも、ある意味では『コンバージェンス』だ。インターネットで、ラジオやTV、映画などをまとめてひと括りにしてコンテンツ配信するのも『コンバージェンス』。音楽が聴けて、カメラ撮影ができて、電話もインターネットもできる携帯電話。それもまさに『コンバージェンス』の一種だ。

このごろ生活の中で興味深く思っている傾向がある。それは音楽CDを買うと、その中にDVDが入っていてその音楽の映像ソフトも入っているという現象である。CDもDVDも両方再生できるプレイヤーを持っている方はプレイヤーは一台で済むが、そうでない人はDVDを観るときはDVDプレイヤー、CDを聴く時はCDプレイヤーにメディアの種類に応じてプレイヤーを変えてそのコンテンツを楽しんでいる。

次のステップとしては、そのCDとDVDも一枚のメディアに統合され、ユーザーは利用シーンに応じて音楽を音または映像、或いは文字・画像(詞や楽譜)で鑑賞する生活スタイルを予測できる。最終的には音楽のオリジナルデータは一箇所のサーバーに記憶され、ネット経由でさまざまな情報機器にリアルタイムにコンテンツ配信され、それぞれの機器の特性に合わせて再生されることになろう。

コンピューターそのものは、世の中の事象をある側面からモデリングしシミュレートする能力で社会の発展に寄与してきた。昔のコンピューターは性能も低かったので、ものごとをある側面からしかシミュレートできなかった。今日ではコンピューターとネットワークの大きな発展に伴って、一つのモデルで全方位あらゆる角度からモデリングの対象となったその事象シミュレートできるようになってきている。例えば、音楽の場合、一つのモデルで音で聴く、或いは映像で観るといったような方式である。やろうと思えば、その曲の詞や楽譜、そして解説やエピソードまでもが音楽を楽しみながら同時に閲覧することすら可能だ。

最近では、『ムーアの法則』に従って高性能なCPUが安価に大量生産され、携帯電話、テレビ、自動車など様々な機器に導入されようとしている。そうなってくると、コンテンツそのものをいろんな情報機器に合わせて開発すると膨大なコストがかかってしまう。それらの情報機器がその性質に応じて、一つのコンテンツをそれぞれ適切に解釈し、ユーザーに最適なユーザーインターフェースでコンテンツ配信することが求められるようになるだろう。

コンテンツのモデルを一つに統一し、それを多種多様な情報機器に配信するのであれば、コンテンツの送り手と受け手の両方に、ある種共通のプラットフォームがあればスムーズにゆく。

ソフィア・クレイドルでは、携帯電話という情報機器でさまざまな情報をハンドリングするユーザーインターフェースを核にした軽量でスピーディなプラットフォームを研究開発してきた。パソコンのWindowsOSそのものを携帯電話で動作させることは不可能であるが、携帯電話上のソフィア・クレイドルのプラットフォーム(SophiaFramework)をパソコンで動作させるのは何の問題もない。実際のところ、パソコン上の携帯電話のシミュレータ上で動作している。

さまざまなコンテンツのモデルが一つに収斂(『コンバージェンス』)し、それを大小、形態もバラエティに富んだ情報機器に配信するとなると、自然にそれを統合するような統一されたプラットフォームがいろんな機種に搭載されることが求められる。機能性は勿論のこととして、そこには軽量であること、スピードが速いこと、さまざまな機種で動作できるように移植性が高いことなどが大切だ。いまはそんな方向性に未来を感じてソフトウェアビジネスを推進している。

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