2005 年 06 月 30 日 : MSN & Yahoo! にて
MSNとYahoo!の検索エンジンがリニューアルされたようだ。それらのエンジンには最新の検索に関するソフトウェアテクノロジー(アルゴリズム)が採用されているとのこと。(詳細はよく知らないのだが。)
「C++」というキーワードでこの二つのエンジンに検索をかけてみた。すると、MSNでは9,329,369件中第13位、Yahoo!では45,500,000件中第15位にソフィア・クレイドルのサイトがそれぞれランクイン。
「BREW」の場合、MSNでは3,523,740件中第8位、Yahoo!では 9,390,000件中第5位。
それから、「携帯 Java」(J2MEのこと)の場合、MSNでは277,982件中第1位、Yahoo!では3,060,000件中第2位。
これはソフィア・クレイドルが選択し集中する事業領域でその認知度が上昇しつつあることの証左なのかもしれない。
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2005 年 06 月 27 日 : 大成は欠けたるが若きも其の用は…
老子の第45章は次のような文章で始まる。
『大成は欠けたるが若きも、其の用は弊せず。大盈は沖しきが若きも、其の用窮らず。…』
これは、最も完全なものはどこか欠けているように見えるが、それを使っても決して破損することはない。また、最も充実しているものは空虚なように見えるが、それを使っても尽きることはないという意味である。
日常生活において、富士山を見てその壮大さは感じ取れるけれども、私たちが暮らしている地球や宇宙の時間と広さのスケールは全く実感できない、あの感覚に近いのかもしれない。真に偉大なものは平凡な人間の理解を超越する。
この世の中、誰にでも直ぐに分かって簡単であるが故に良く売れているものは存在するが、大抵の場合そういったものほどその寿命が短いのも事実だ。「老子」にもあるように、真に永遠の如く偉大なものはそう容易くは発見できない場所に隠されている。地球や宇宙の歴史は何十億年以上にも渡っているように、偉大なものほどそのライフサイクルのスパンは長い。
創業当初よく考えたのは、ソフィア・クレイドルという会社を、時間軸と空間軸で構成される世界観の中でどれくらいの壮大さで事業を育てるかと謂うことであった。しかし、それが大きければ大きいほど、その基盤がかたち創られ、具体的な成果が現れるまでより多くの時間がかかる。会社が成長していると認識できるまではただ辛抱するしかないのだが、それに対してどれくらい耐えられるかが試されるであろう。
壮大な目標であればあるほど、その途中で自分の立ち居地が分からなくて苦しさを感じることもある。そのとき、どうやって踏ん張れるかが全て。42.195キロを駆けるマラソンレースの場合、先頭集団から途中脱落して逆転優勝するようなランナーは滅多にいない。最後の最後までゴールは見えないけれども、それが確かに存在することを信じて、脱落することなく調整しつつトップスピードで駆け抜けることが大切なんだと思う。
2005 年 06 月 24 日 : アイデアが煌く瞬間
一日の大半の時を読書やインターネットに費やす。本やインターネットに現れる文章やデザインを眺めながら意識して考えるように努めている。重要な情報ほど行間に埋もれている。それが発見できるかどうか。
何千年もの時を経て現存する、中国の古典はその典型的な例で、一文字一文字に籠められた意味もさることながらその行間に隠された情報量は計り知れない。漢字は象形文字が起源だから、「老子」などの書物では文字の形にも意味があるという。学生の頃は、文章の意味を味わう事もなく、只管、大学受験のためだけに勉強していた。あの頃もっと勉強しておけばと思うこともしばしば。後悔先に立たず、それを実感する。
しかしこれからの先も長い。日々勉学に励んでいる。まだまだ未熟で学ぶべきことが多すぎるように感じる。学生の頃よりも10倍は勉強しているように思う。皮肉なことに、学生の頃、等閑だった国語、社会、芸術といった科目の内容の勉強をよくしている。そういった学問の中からいろんな発想が思い浮かぶことが多い。それは人間というものに関わる内容だからだろうか。
乱読と精読を折り交えて、さまざまな先人の智慧や叡智に学ぶ努力をしているのだが、実際に仕事に役立つアイデアってどんなタイミングで生まれるのだろうかとふと思った。
これまでを振り返ると、良いアイデアというのは人と話をしている瞬間に鮮やかな色彩でインスピレーションとして描かれるような気がする。頭の中に蓄積されている知識の断片が、話相手の発するキーワードという触媒によって瞬間的に或るかたちに形成される。その瞬間を逃さないというのが大切で、その前提としての知識を何層もインプットするというのも欠かせないだろう。
複雑にいろんな条件が重なった時に、偉大なイノベーションは生まれるのだろうけれども、それがより現実味を帯びてくるのはどういう時なのか?たまにはそんなことを思い巡らせるのも楽しい。
2005 年 06 月 22 日 : プログラミングの本質
試行錯誤しつつ思い描いたものを、プログラミングという行動に落とし込んで表現した結果であるソフトウェアをマーケティングし販売する。ソフィア・クレイドルとはそんな会社である。だから時には『プログラミングって一体全体何?』と原点に立ち返って思考するプロセスそのものが斬新な発想やイノベーション、新しい世界をひろげてくれる。
個人的な見解かもしれないけれど、ある意味ではプログラミングとは作文や作詞、作曲に似たものに思えてならない。直感的に作文に近い気がする。
だからまだその才能を開花させていないプログラマー候補のスタッフを採用する場合は、その人の文章力や表現力に頼ってプログラミングの素質を見極めようとしている。
ソフィア・クレイドルの製品をマーケティングするスタッフについても、プログラミングという仕事を本業にしなくても、潜在的にプログラミングの才能を秘めた人材の方が好ましいと考えている。それで全てのスタッフの人材採用に際して、その人の文章力や表現力といった才能やセンスは取り分け重視するよう心掛けている。当然、誰もまだ完成されてはいない。
タイムマシーンで明治時代という遥か彼方の過去に遡った情景をイメージしていただきたい。いま皆さんが利用している『パソコン』をその時代の人々に説明するよう謂われたとしたらどうだろう?いくら開かれた時代であったとしても、想像以上に難しいミッションと思う。
日常生活でパソコンを使っている現代の人々には、一言「パソコン」というキーワードだけで通用する。それはその人が日常生活において使いながら本能的、無意識に「パソコン」を理解しているからである。「パソコン」というものを見たことも触ったこともない人にそれを説明するのは難しく面倒なことである。
極端な話ではあるが、プログラミングとは、「0」と「1」で構成される文字列しか受け付けないコンピューターに対して、自分が実現したい思いを「0」と「1」で表現することを意味する。その内容によっては明治時代の人々に「パソコン」という概念を伝える仕事よりも大変である。
普段から「パソコン」のことを使っていてよく知っている人に「パソコン」という概念を共有するような感覚で、プログラマーもコンピューターとさまざまな概念を共有できれば、コンピューター上に表現したい内容の量と質、そしてそのスピードは飛躍的に向上するだろう。
そのためには、プログラマーが知っておいてもらいたいと思う単語や熟語、諺、決まり文句のような語彙を、予めコンピューターが理解していてくれるともの凄く助かるだろう。極端な話、一言発するだけでプログラミングがなされる世界も実現するかもしれない。
コンピューターが発明された当初、コンピューターのプログラムは直接「0」と「1」で記述するしか他に術はなかった。時の経過と共に、プログラミング言語というものが発明され、より人間に近い立場でプログラミングされるようになってきた。この傾向はこれから未来もこの方向に沿って、ずっと進化発展を遂げる気がする。その言葉はより自然言語に近いものになるであろうことだけは予感できる。
そういうトレンドがあるならば、それに従って文章を書き現したりすることが得意な人が集まれば、ソフトウェア研究開発事業も自ずとスムーズに展開するように思う。
2005 年 06 月 21 日 : 80対20の法則
これまでの人生において『80対20の法則』ほど役に立つ考え方はないのではと思ったりする。『80対20の法則』とは、世の中のあらゆる事象の結果の80%はたった20%の要因によって引き起こされるという経験則のことである。例えば会社の売上の80%は上位20%を占める営業員のセールスによって達成されるといった類の現象である。
ベンチャー経営においては『80対20の法則』をどのように運用できるかで飛躍もあれば、停滞、消滅すらあると思う。何故ならば、大企業と比較して、ヒト、カネ、モノ、情報などあらゆる経営資源において劣勢が免れないからだ。更にその上位20%のグループに対しても『80対20の法則』を適用し、その判断基準でものごとを推し進める考え方すら必須になってくる。そうすれば、100%のうち4%に取り組むだけで64%の結果を生み出せる。
それを習慣化するには、何事においても順序を付ける癖が一番だろう。さまざまな分野があるが1番目のものは別格扱いするくらいに大切にすべきだ。数え切れない程の出来事があろうとも、その一番目さえ押さえておけば、半分以上の結果を手にすることすら可能になるからだ。
けれどもこの順序付けは難しい。定量的に決められるものばかりでないからだ。寧ろ数値化できない定性的なものの方が圧倒的に多い。最終的にはその人のトータルな知性や感性、センスといった問題に帰着されてしまうのかもしれない。
いま投資している組み込みソフトの研究開発事業やそれを構成するスタッフの人員構成は、正に『80対20の法則』のセンスが問われる一つの試練とも謂える。あることに集中し選択するということは、もしそれが外れて失敗すれば玉砕するけれど、当たって成功すればグレードの違う成果が得られることを意味する。その基本は、日常生活における様々な物事の極些細な順番付けにあると謂っても良いだろう。難しいがその習慣があれば、人生の命運が決定付けられる選択の場合でも正しく行える可能性は高い。
2005 年 06 月 20 日 : 備えあれば憂いなし
『備えあれば憂いなし』という格言がある。この言葉は、ほとんどの人が未来の展望についてその準備を怠っているという皮肉な現実を物語っているのであろうか。それ故に、未来に備えることが、自分たちが簡単に先んじてマーケットで競争優位に立てる一つの方法かもしれない。
2005年6月14日発行の日経産業新聞24面に、組込みソフト業界の未来を占う貴重なデータが掲載されていた。正確な数字は読み取れないのだが、その棒グラフを目分量で測れば、携帯電話のソフト開発規模が1999年度と2004年度とで比較すると、大体100倍もの開きがあることが見て取れる。電子マネー、テレビ電話、動画対応、カメラ搭載など近年の携帯電話多機能化によるものである。ソフトは人にしか創れない。開発規模が大きくなれば、それに比例して開発コストは増大する。
翻って考えてみると、キャリア(携帯電話通信事業者)からの報奨金制度もあり正確には分からないが、携帯電話の価格は100倍も高くなっていない。少し高くなったかな、といった程度であろう。NEC、京セラ、三菱、富士通など、携帯電話は売れているにも関わらず軒並み赤字で苦戦が続いている。その他の国内の携帯電話端末メーカーも売れているのに概ねその経営は苦しい。抜本的な対策が望まれる。今年の後半からは国際的に価格競争力のある、サムスン、LGといった韓国の携帯電話も国内マーケットに参入してくる。
最終利用者に喜んで支持される機能が必要十分なだけあって、しかもクオリティの高い携帯電話をどうやって費用をかけずに開発できるか?それが携帯電話端末メーカーにとって、生き残りを賭けた勝負を決定付ける最大のキーになるだろう。現在の携帯電話端末ビジネスのボトルネックは、止まることを知らない組み込みソフトの開発規模増大である。
その解決策は、携帯電話のOS(オペレーティングシステム)をオープン化すること。そしてその上で動作する様々なアプリケーションを携帯電話端末メーカーが開発するのではなく、アプリケーションノウハウを持つ第3者のソフト開発・販売会社或いは個人に委ねるスキームを創るのが得策だと思う。恐らく今年の後半あたりからその流れが加速するように思えてならない。
会社を創業した2002年2月22日以来、時代は必ずその方向に移り変わると信じて、短期的な儲けは度外視し長期的な成長を大切にして、ソフトウェア研究開発事業を推し進めてきた。一応、創業以来ずっと黒字決算だけは死守しているが…。
ソフィア・クレイドルの製品の典型的な特長として挙げられるのが、プログラムのコンポーネント化である。ソフトを開発するにも、自動車を作るときに鉄やガラス、プラスティックなど様々な素材や部品で作るように、いろんな部品(モジュール)が必要である。コンポーネント化のコンセプトを具現化するに当たって意識したことは、『世界中の携帯電話に共通して利用可能な汎用的な部品(ソフトウェアモジュール)とは何か?』を常に洞察しようと努めたことである。思い描いたイメージを『3年以上もの時』をかけてじっくりとプログラミングしてきた。
最近になって、世界中のお客さまから製品への引き合いが急増している。特に海外からの問い合わせが多い。現在、頑張って全ての製品の海外対応をしている。今年末には全製品の英訳は完了する見通しでいる。海外ビジネスの方法に不慣れな点は事実だ。それはやっているうちに徐々に解消される問題と楽観的に構えている。
単なる予感に過ぎないかもしれない。ターゲットとするプラットフォーム(BREW)の世界的な普及の伸びは著しい。さらにNTTドコモも今秋からそのプラットフォームを採用するのを勘案すれば、来期は今期の10倍程度の成長が叶いそうだ。スタッフの増員は若干名しか計画していない。今からそれに備えて業務プロセスを効率化し、受注処理や出荷処理のコンピューター化に着手しようと考えている。
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2005 年 06 月 19 日 : 組込みソフトウェア業界
デジタル家電、ロボット、FA、ゲーム、自動車など、この種のハードウェア機器産業は日本が世界 No. 1。組込みソフトウェアとはそれらのデジタル情報機器をコントロールするプログラムのことであり、実は身の回りのありとあらゆるものにそういったプログラムが内蔵されている。携帯電話と同じく、こういった機器もインターネット接続を含め IT 化の波が押し寄せつつある。
いろんな統計データを解釈すると、組込みソフトウェア全体の携帯電話向けのものが占める割合は 1 %にも満たないと推測できる。それは携帯電話以外のアプリケーションドメインに、携帯電話の 100 倍以上の潜在的なマーケットが存在するというビジネスチャンスを意味する。
経済産業省による 2004 年版組込みソフトウェア実態調査報告書によれば、組込みソフトウェアのアプリケーションドメインは下記のような分野があるということだ。
1. 通信端末機器(携帯電話)
2. カーナビ
3. 教育・娯楽機器
4. 個人用情報機器
5. 家電機器
6. AV 機器
7. コンピューター周辺機器・OA機器
8. 医療機器
9. 通信設備機器
10. 設備機器
11. 運輸・建設機器
12. 工業制御・FA 機器・産業機器
13. 自動車用ソフトウェア(エンジン制御)
現時点のソフィア・クレイドルでは、集中と選択という戦略的必要性から、通信端末機器(次世代携帯電話)というアプリケーションドメインに絞って事業を展開しているに過ぎない。まだ他のアプリケーションドメインの組み込みソフトウェアは大規模、複雑化していない。それ故にプラットフォームのオープン化の必要性も少なく、今参入しても思うほどの投資対効果が得られない。
将来的には、時代の趨勢から携帯電話以外のアプリケーションドメインも、携帯電話と同じような道筋を辿るであろう。だから上に列挙した全てのアプリケーションドメインをも対象とするつもりでいる。それを意識し長期的な視野から製品を研究開発し販売するのが大切な考え方ではないだろうか。
ソフィア・クレイドルで研究開発しているソフトウェアの規模は、プログラムのソースコード行数にして 10 万行規模のものである。組込みソフトウェアの 90 %以上は 10 万行以下の規模だ。しかもその大半は 1 万行以下と小規模。実を言えば、携帯電話も 10 年前はそれに組込まれるソフトウェアの規模は数千行規模に過ぎなかった。インターネット接続、カメラ、テレビなどいろんな IT 的な機能の拡張と共に肥大化し、現在では数百万行規模にまでなっているという事情がある。
汎用計算機、ミニコン、パソコン、ワークステーション、PDA など CPU が組込まれる情報機器は、そのハードウェアの高度化、多機能化に伴い、ソフトウェアの大規模、複雑化という至上命題が自然に沸き起こった。何れもプラットフォームのオープン化と過去に開発したソフトウェアモジュールを再利用するというアプローチを採ったところのみが今日に至っても生き残っている。そんな原理原則がある。
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