2006 年 03 月 18 日 : 霊妙な植物
屋久島では、「屋久杉」という樹齢 1000 年を超える、長寿の「杉」がいまもなお数多く生息しているという。
なかでも世界遺産にも登録されている「縄文杉」という「杉」は、一説によると樹齢 7200 年と言われる、世界最古の植物である。
屋久島という地は、「杉」という木が観測される南限の地であり、一般に「杉」の寿命は 300 年ほどと言われる。それだけに、自然の不思議さと壮大さに驚きを禁じえない。
ネットに、例外中の例外が現実となる理由がこんな風に記されている。
「屋久島の土台は花崗岩で栄養分が少なく、杉の生長が他の地域に比べ遅くなります。すると、年輪の幅が緻密になり材は硬くなります。そうなることで樹脂道に普通の杉の約 6 倍ともいわれる樹脂がたまります。この樹脂には防腐・抗菌・防虫効果があるため、屋久杉は長い年月の間不朽せずに生き続けられるのです」
要するに、屋久島の厳しい自然環境が幸いして、世界でも類を見ないほどの美しき長寿が保たれているのだ。
もし屋久島が他と同様に「杉」にとって環境が良ければ、そんなことは決して起こり得なくて、300年ほどの平凡な生命を全うしたに過ぎないだろう。
ベンチャーを創めて何年か経つ。
次第に募る思いはどんな風に美しきフィナーレを描くかの一点である。
「縄文杉」は普通の「杉」よりも成長のスピードが極端に遅かった点に、僕たちベンチャー起業家は着目すべきだろう。
法人という存在のゴールは必ずしも数十年か先の地点にあるのではなく、何百年、何千年以上も先の未来に引き伸ばすことが可能だ。
短期的な結果を求めて焦る必要は何もないと思う。
2006 年 03 月 08 日 : パラダイム転換
サラリーマンを辞めて起業した時、働くのは同じなんだけれども世界観のパラダイムを転換する必要性を痛感した。
それはこんなことだ。
サラリーマンならば 1 ヶ月働けば、月給 50 万円とかの収入が確実に見込める。
起業するとなると、収入というものは自分の力で受注し商品やサービスを納品した瞬間にしかやってこない。
その時、 50 万円とか、何がしかのお金が入ってきたりするのだ。
そんな瞬間が永遠に訪れそうもない状況に遭遇するかもしれない。
実際には、そんなケースの方が圧倒的に大多数を占めるものと思う。
けれども、やりようによっては 1 ヶ月の間にそんな祝福すべき瞬間を数限りなく迎えることだって可能なのだ。
その限界にチャレンジするのは、ベンチャービジネスの醍醐味の一つだ。
ビジネスの結果が、サラリーマン時代の月給を上回ることもあれば、下回るこもある。
大抵の場合、創業の頃ほどサラリーマン時代の収入を下回る屈辱の日々かもしれない。特に、研究開発型ベンチャーでは、少なくとも最初の数ヶ月間というものは売上ゼロの連続である。
土壇場では強靭な精神力が要求される。
どん底からどうやって自分だけの力を信じて這い上がるかが全てなのだ。
前に進んでいる限り、昨日より今日、今日より明日なんだという認識をすべきだろう。
きっと目には見えないけれども小さな進歩の積み重ねが3年後、5年後、10年後…に活きてくるという信念を持ち続けられるか否かが肝心なんだろうなと感じる。
ベンチャーの環境は想像以上に厳しく険しい。
それ故に、ベンチャーという環境に己を置くだけで、1 年、2 年、3 年…と年を重ねる度に自分自身が加速するように成長していることに気が付くだろう。
同様に、商品やサービスも時と共に飛躍的に良き方向に向かって走り出す。
だからこそ、ベンチャービジネスでは長く続けるというポリシーが大切なんだと思う。
2006 年 02 月 22 日 : Establishment
今からちょうど 4 年前の 2002 年 2 月 22 日に、ソフィア・クレイドルという会社が誕生した。
ワールドワイド、クール、新しい香りを感じさせるような組織体を目指して創業した、あの日が昨日のことのように今もなお新鮮に生き生きと思い出される。
アスリートのチームのように、その時々のベストなメンバー構成で組織もダイナミックに変化している。リレーの如くある人から別のある人にバトンが渡されながら、人も会社も成長をしている確かな実感が得られるのは他に代えることの叶わぬ体験だろう。
最初の頃、時に目的地点が見えなくなり模索する日々も多かった。
けれども、その都度、人間という生き物の限界にチャレンジすることで、見えないものも見えるようになるという能力が身に付いてきた。
それから何よりも、製品を購入してくださったお客様、励まし見守ってくれる方々にはこの上なく深く感謝の意を表したい。
ネットの世界でよく言われるキーワードとして「ドッグイヤー」がある。ネットの業界はテクノロジーの進歩が余りにも激しいので、この業界の 1 年は普通の業界の 7 年に相当するという意味である。
この言葉はこんな解釈もできると思う。
僕たちの 1 年は、普通に暮らしている人々の 7 年に相当するのかもしれないという考え方である。
仕事の質と量、集中力からすれば、普通、1 週間でする仕事を僕たちは 1 日でするよう心掛ける。そうしなければ生き残れない厳しい世界であり、生き残ることができればワールドワイドな業界でクールさというものを味わえるのではないだろうか。
そこに人生の喜びや価値を見出せる。
実際のところ、何事においても達成感というものはそんな風にして自ら獲得するものなのかもしれない。
2006 年 01 月 22 日 : Try
はっきりとカタチになって見えるものは確かに安心できる。
でも僕たちの前にカタチとなって現われている存在は有限なものに過ぎない。
それ故に、そんなものだけを目標にして追いかけていれば、時間の問題で有限な世界の上限の壁に跳ね返されてしまう。
それは記録に残っている何千年もの歴史が証明している自明の理なのである。
だからベンチャーの起業では、売上とか利益とか時価総額など、上限のある世界ではなくて果てしなくひろがる世界をイメージして、事業を展開することが何よりも優先されるだろう。
ベンチャーの存在意義は、新しい価値を創造するところにあると信じている。
数値として表現できないほど、無限の価値を持つものを創造する。そして未来にわたって世界の人びとに、それを伝えることができたなら、そのベンチャーは真に成功したといえるのではないだろうか。
それは創業して 5 年以内に株式上場するという目標よりも、遥かに高い志だと思う。
僕たちは地球という有限な空間の存在でしかないけれど、時間の軸は無限に伸びている。
無限に伸びる、自己を超越した遥か彼方にある世界において、自分の創造するいまはインビジブルな新しい価値を、どう位置づけてゆくかが大事なことなのだ。
2006 年 01 月 21 日 : 刻まれた歪な曲線
"掌に刻まれた歪な曲線
何らかの意味を持って生まれてきた証 ・・・ "
( Lyric by Kazutoshi Sakurai 2003 )
この一週間は久々の忙しさだった。
ある意味では、ようやくエンジンが動き出したのかもしれない。
当分の間こんな日々が続きそうだ。
束の間の休息は、冒頭に記したメッセージで始まる曲の DVD の映像を眺めつつ、新たな発想を求めてさまざまな幻影が頭を翳める。
中学生の頃、最も関心を強く抱いたのは数学だった。
さまざまな関数を組み合わせることで出来る曲線がただ面白かった。
次第にそんな数学の関数に興味を持ち、その意味を探るべく、大学では数学を世の中に活かす術についての研究を志した。
大学を卒業して社会に出てからは、数学とは全く無縁の世界に身を置いていた。
でも、いまでは数学と関係のあるビジネスができているのでワクワクしている。
それは携帯電話のアプリで
y = sin x
を始めとする、さまざまな数学的な関数を利用可能にする技術を具体的な例として、世界に情報発信できる日が間もないからである。
以前からソフィア・クレイドルの WEB では、その技術を情報発信していたが、実際のプログラムコードの発表は世界で初めてだ。
では、携帯での y = sin x がどんな意味があるっていうの?
というのがほとんどの人々の感想かもしれない。
それ故にだからこそ、そんな仕事はベンチャーに似合ってるんだと思う。
多くの人は y = sin x が波形の曲線を描くのは知っているけど、それが何なのかということを想像するものは少ないだろう。
波形の曲線は"強"と"弱"の繰り返しをイメージさせる。
音声や画像、株価の変動など日常生活で数え切れないほど、"強"と"弱"のリズムが繰り返される。
要するに 携帯での y = sin x が意味するものは、それが携帯電話で現実となることなのだ。
人の声の認識や顔の認証、画像の圧縮・伸張、株価の変動、高度な暗号化などでは y = sin x が不可欠なのである。
たったこれだけに過ぎないのだけれども、その威力は偉大である。
空気に含まれる酸素は、単にひとつの元素でしかないけれど、地球上の生命にとって欠くべからざる存在である。
そんなものを捜し求め、そして発見するのが研究開発型ベンチャーの最高の喜びかもしれない。
2006 年 01 月 01 日 : 必要なこと
東証一部に上場しているなかでも、年商 1 兆円を超える巨大企業が 21 世紀という新しい時代をどのように変革し、乗り越えてゆくのか、経営者として興味が尽きない。
大抵の企業は営業利益が 10 % あれば優良企業である。20 % もあれば超優良企業と称されて世間から絶賛される。
いま考えるべきは、 1 人当たりに換算した場合、いろんな数字はどうなのかということだと思う。
話を簡単にするために、企業のすべての費用を社員数で割った 1 人当たりの費用が 1000 万円であったとする。この時、大雑把ではあるが営業利益 10 % をあげるためには、1 人の社員が平均 1100 万円の売上をあげれば良いことになる。
大企業であればあるほど、ノルマともいえる 1100 万円の売上をあげた時点で、数字に満足しそれ以上の努力を怠る傾向が強いのではないかと思う。これが巨大化した組織の致命的な弱点ではないだろうか。
ベンチャーはそんな隙間にチャンスを見出して、新しいビジネスを創造できる点に特色があるといえるだろう。
ソフトウェアビジネスの場合、原価は無きものに等しいので、1 人当たりの売上が 2000 万円になっても経費は 1000 万円と見なせる。営業利益の観点から言えば、売上は従来の巨大企業の 2 倍に過ぎないけれども利益は 10 倍なのである。
販売チャネルをネットとコンピューターで自動化し、世界から受注できるシステムを構築し正しく運用すれば 1 人当たりの売上に物理的な限界は無くなる。
この種のビジネスを成功させるためのコンセプトとは何か?ということについてよく考える。
僕の結論はこうだ。
ネット上における「集客」、「サイトのデザインとコンテンツ」、「ソフトウェア製品」、「アフターフォロー」について、世界の同業のどのサイトよりも少しでも良いから抜きん出ている必要があるということだ。
そのためには、Web や 製品、お客様への対応に関して、人間の限界と言えるところまで全力を出し尽くして、駄目押しのようなもう一手が要求されるのではないか。
マラソンレースの 35 キロ地点以降、最後の力を振り絞ったものだけが栄光のゴールを駆け抜けるということが成功の要因になると思っている。
それでは、何故、マラソンのゴールドメダリストが、あんなにも苦しい思いをしてまでレースに参戦し見事栄冠を勝ち取れるのかという解答の中に、ある種のヒントを見出せるのではないだろうか。
自分の得意なジャンルで、好きだからそれをしているというのが、最もシンプルで重要な真理だと思う。
そういう感じで仕事ができるかどうかが偉大な成果を生み出すための分岐点となるだろう。
2005 年 12 月 29 日 : 感動創造
最近、「感動創造」というキーワードが 21 世紀型ビジネスモデルのコンセプトメイキングにおいて重要な役割を果たすと聴く。
これについての僕の解釈は「どうすれば人は驚くのだろうか?」という問題に対する解答そのものだと考えている。
一体全体どうすれば人は感動し、感激し、感銘を受けるのか?四六時中そんな思いで仕事に励んでいる人はどれくらいいるだろうか?
感動や感激、感銘は数値化できるものではなく、無限の大きさを持つものだと思う。それだけに、仕事に対するスタンスとして、どれくらい真剣に「感動創造」に直面しているかで結果は明白だ。
生活のために割り切って働く感覚では「感動創造」は覚束無い。
一種の真剣勝負のごとく、365 日 24 時間ずっとその仕事のことが潜在的に自分のアタマの中に存在しているかどうかが肝心なポイントになるだろう。
いわば仕事と休暇の境目の無い生活が強いられるのである。
そんな状況であるから、それは自分が好んで人生の目標とし得る仕事であるかどうかが自ずと成功するための必要条件と言えるだろう。