2006 年 03 月 03 日 : Project
ネットで調査していたらこんなニュースを発見した。
【決算】アプリックスの 2005 年決算,「ケータイ向け新ソフト基盤に 2 年で 40 億円を投資」
その概要は
「次世代の携帯電話機のソフトウエア基盤となる新フレームワーク『AMF(Aplix middleware framework)』の開発投資額は 2 年間で 40 億円。顧客からの要求が強いため、前倒しで 2006 年中に 30 億円程度を投資する可能性がある」
とのこと。
携帯電話ソフト向けフレームワークに関する僕の事業とも近い話なので、当事者意識を持ってこの記事を読んでみた。
会社が成長すれば、早かれ遅かれこんな局面に立たされることもあるだろう。
記事には、40 億円というお金がどのように投資されるのか記載されていなかったけれど、その使い方次第で 40 億円というお金が如何様にでもゼロから無限大のレンジでダイナミックに変化する。
アプリックスさんはソフトウェア業なので、40 億円は 99 %以上が人件費に使われることになろう。
その人件費はプロジェクトに参画する人の給料として支払われる。肝心なのはどう分配するかということだろう。
ソフトウェアは一度作ってしまえば、複製のコストは事実上ゼロといっても良い。
最初のバージョンをカーネル(核)としてバージョンアップしてゆくものなので、内容や品質といったものを最初から重視しなければならない。
それ如何で、Windows のように世界中で複製されて利用されるものもあれば、何十億円、何百億円の大金を投入しても全く日の目を見ることなくマーケットから消え去るものもある。
実態としては寧ろ後者の製品の方が圧倒的に多い。大半の大規模ソフトウェア開発プロジェクトは失敗に終わる。
それで人々に必ず選ばれるための条件というものを押さえた上での投資戦略が必須になってくる。
ソフトウェアというものは、ほぼ 100 %人の手によって創られるという性質がある。
極端な話、出来上がるソフトウェアとはそれに関わる人々のフィーリングがコンピューター上に投影されて映し出されたものと言えるのかもしれない。
多分、ソフトウェアの世界はプロフェッショナルな領域ほど音楽のようなアートな領域に近い。
だから、このような巨額の投資が伴うソフトウェアの研究開発において、成功するためのポイントとなるのは、プログラミングとそのプロジェクトマネジメントという才能に秀でた人材を揃えることができるかどうかだと思う。
僕だったら 30 億円というお金があれば、1 人 1 億円、世界で通用する、超一流のプロジェクトマネジャーとプログラマー 30 名からなる少数精鋭のドリームチームを結成してプロジェクトを遂行する。
問題は一般の投資家がそういった発想を受け入れるかどうかにある。未公開のオーナー企業であればそんなことも十分に可能である。
2005 年 12 月 30 日 : 氷山の金額
数値化できるお金は単純明快で分かりやすい。誰にでも客観的に簡単に評価できるからである。
それは現在かたちになって見えるもののほんの一面、いわば氷山の一角に過ぎない。にもかかわず、多くの人々はそれを追い求める。
もっと大切なのは、むしろ人とかブランドとか未来とか・・・数値化できない伸びゆくものを、ぶれずに見定める才能である。
人はお金に換算すればどれくらいの金額なのだろうか?
それは、人によって評価するタイミングによって環境によって、大きく左右される。しかし、正確にお金に換算できないくらいの無限の価値を秘めているのである。
ブランドや完成していないものについてもそれが言えると思う。
例えば「モーツァルト」って金額に換算すればいくらなの?という問いに正確に答えられる人はいるだろうか。
価値が高ければ高いほどお金には代えがたい何かがある。難しいのは時間の経過と共に上昇もすれば下降だってありうることである。
起業家に最も求められる資質のひとつは、そんな数字に表現し得ない価値を見抜いてそれをかたちあるものに育てるセンスだと思う。
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2005 年 11 月 24 日 : プログラマーの仕事
ソフィア・クレイドルのプログラマーは、製品の企画、デザイン、プログラミング、テスト、ドキュメンテーション(含む Web 制作)、メインテナンスまで幅広く業務を担当する。単にプログラミングだけをしているわけではないのだ。
大きな組織では、それぞれの業務ごとに担当者が決められていて、プロジェクトチームとして運営される場合が多い。
何故そんな運営方法を採るのか?という疑問を抱かれるかもしれない。
その答えは、単により早くよりクオリティの高い製品をお客様にお届けしたいからという点に尽きる。
例えば、システムの設計をする人( A )とプログラミングする人( B )が異なる場合を想定してみてほしい。A と B の間に必ず何らかのコミュニケーションが発生するはずである。
何故なら、少なくとも A から B へシステム設計に関する情報を伝達しなければ、B はプログラミングに着手できないから。
実は、この時の A から B への情報伝達が"スピード"と"クオリティ"に重大な影響を及ぼすのである。
大抵の場合、設計書と称される詳細なドキュメントによって情報伝達がなされる。ドキュメント作成が大変な作業で不要なオーバーヘッドとなる。A と B が同一人物であるのならば、詳細なドキュメントではなく覚書程度で十分。
しかも A が設計情報を間違いの無い完璧にドキュメントとしてまとめるのは不可能と言っても良い。どこか情報が欠落していたり、間違いがあったりするのが常である。これが原因で不具合が発生したり、後戻りの作業が多発するのである。
いわゆる、伝言ゲームである。
この時、A と B が同一人物ならそのような問題は発生しない。
どんな仕事でもそうかもしれない。システム開発では予期せぬ仕様変更は日常茶飯事。大きな組織では柔軟に仕様を変えながら開発するのは極めて困難である。
アナリスト、システムエンジニア、プログラマー ・・・ と職種を分けてプロジェクトを運営するよりもすべての業務を同一人物が担当する方が、スピードとクオリティという観点からは大幅に改善がなされる。(テストだけは他の人が担当することで効果がでる場合が多い。プログラマーの想定外のケースでテストを行えるからである。)
ベンチャーの最大の強さは、圧倒的な"スピード"と"クオリティ"である。
"スピード"と"クオリティ"は開発のプロセスにおいても徹底追求すべきであり、創意工夫の余地は至るところにある。
2005 年 11 月 13 日 : 知の巨星
2005 年 11 月 11 日、20 世紀を代表する知の巨星、ピーター・F・ドラッカー氏が亡くなられた。ベンチャーを起業するにあたって経営学者の中では最も影響を受けた唯一の人物である。感謝の気持ちを添えて哀悼の意をここに表したい。
20代の頃、コンピューターや数学の勉強や研究に没頭する傍ら、経営学にも関心があった。それでドラッカー氏の著書は思索を交えて何度も繰り返し読んだ。
周囲は専門分野だけ学ぶ人たちばかりで、ドラッカー氏の著書を読んでいる人はいなかった。研究者や技術者が経営なるものに関心を持てば、視野も広がり新しい発明や発見に繋がるのではと思っている。
当然かもしれないけれど、強く印象に残っているのは次の言葉である。経営の基本中の基本と心得て大切にしている。
"企業の目的は顧客の創造である。したがって企業は 2 つの、そして 2 つだけの基本的な機能をもつ。マーケティングとイノベーションである"
"マーケティングの目標は、顧客というものをよく理解し、製品やサービスを顧客に合わせ、自ずと売れるようにしてしまうことである"
"イノベーションとは、人的資源や物的資源に対して、大きな富を生み出す新しい能力をもたらすことである。経営者は社会ニーズを収益のあがる事業の機会としてとらえなければならない"
"顧客が価値を認め、購入するもの単なる製品ではない。それは製品が彼に提供してくれるもの、すなわち効用である"
けだし名言である。ドラッカー氏の著作からはこれ以外にも様々な経営の智慧を学べる。経営という世界においてドラッカー氏が遺した功績は永遠と言えるほど偉大である。
2005 年 10 月 31 日 : 合格ライン
成長の曲線もS字のカーブを描くように思える。
最初は成長は緩やかだけれども、時の経過と共に成長は加速し、やがてその成長も緩やかになる。そして次の成長フェーズへと進む感じである。
製品開発やマーケティングの際、思うことがある。それは成長のペースが緩やかになって来た時に採るべきアクションについてである。ひとつの考え方は大体出来上がってきたからそれで良しとし終了する方法。もうひとつの考え方は合格ラインまで何かが欠けるとして残り0.1%の完成度を追う方法。
これまでのビジネスの経験から言えることは、製品が売れるための目には見えないある一定の合格ラインが存在している。時間と労力を費やして創られた商品も売れるかどうかはその合格ラインをクリアしているか、で決まると思う。
少しでも合格ラインに達していなければ売れないし、少しでも合格ラインに達していれば売れるといった感じではないだろうか。水が摂氏 100 度になった瞬間、液体から気体へと相転移する現象に似ている。
難しいのはその合格ラインが目に見えないという点だろう。どれくらいやればそこに到達できるのかも経験に乏しければ把握し難い。確実に言えるのは、全力の限りを尽くすことさえすれば問題は回避できるということ。
人はたぶん精神的に弱い生き物で、せっかくいいところまで来ているのについそこで妥協する傾向にある。もう少しで合格ラインに到達できるのにその手前で辞めてしまうことが多いと思う。とても難しいけれども大切なことは、持続して遣り残した点を徹底的に洗い出し、それらをパーフェクトと見なせるまで完成度を高めてゆくアプローチである。
2005 年 10 月 31 日 : 曲線の形状
ベンチャービジネスで自分の思いを実現するには、理想型のS字カーブをイメージして自ずとそうなるように経営する習慣がキーになるだろう。スポーツの世界であれば、それはイメージトレーニングに相当するのかもしれない。
どうすればS字カーブの最初の曲線が上向くスピードが速くなるのか?
どうすればS字カーブの山が大きくなるか?
どうすれば理想的なS字カーブの曲線を繰り返し描けるのか?
千円札を 1 万円札に交換してくれる店があれば、間違いなくその店には長蛇の行列ができる。しかし原価千円の商品を価格 1 万円で販売していても、長蛇の行列ができる店は極めて少ない。その商品に潜在的に 1 万円以上の価値があっても、である。
では、それは何故か?
と考えてみるところから出発すれば思わぬヒントが得られるかもしれない。
商売の基本は、お客様に、千円の商品に 1 万円の価値をリアルにイメージさせることではないだろうか。千円札を 1 万円札に交換してくれるところがあれば人は殺到するから、そんな商売であれば間違いなく繁盛するだろう。
そして、お客様が実際にその商品を手にして本当に 1 万円の価値を得たと実感すれば、そうある限りその商売はきっと永続することだろう。
では何故そのような商売は現実にはあまり存在しないのだろうか?
ひとつには錬金術のごとく、それだけの価値を有する商品を創造するのが困難だからである。そんな商品は究極のある一線を超えない限り生み出し得ないものである。高いハードルに敢えて挑戦する人も少なければ、その一歩手前で諦めてしまう人がほとんどだからだろう。
逆に言えば、挑戦し諦めなければ、競争は限りなくゼロに等しく勝ち残れる確率は時間の経過と共に急上昇するものである。だから成功するまで諦めないというのが成功法則としてよく言われるのかもしれない。
もうひとつ言えることがある。それはどんなに価値あるものを創造したとしても、お客様の心に伝わるメッセージでその商品を表現しなければ意味がないということだ。
光のスピードは余りにも早く人の能力では察知できない。同じように偉大なものほど誰にでも分かるようにそれをメッセージとして表現するのが難しいというパラドックスが成立している。
このパラドックスをどうやって解くかが、偉大なベンチャーへと繋がる最大の関門に至る道程に思う。
2005 年 10 月 29 日 : Tapestry
テレビにしてもパソコンにしても、それらに映し出される映像や画像は、赤(Red)、緑(Green)、青(Blue)という基本的な 3 色の組み合わせたものに過ぎない。そのシンプルさがなんとなく不思議に感じもする。
実は世の中の複雑そうに見える出来事も、紐解けば基本的な要素が織り成すタペストリーなのではないだろうか?複雑そうに見えるものを不自然に考え込んだりして事態が悪化の一途を辿るケースもよくある話。
シンプルイズベスト。
しばしば言われる言葉ではある。でも実践するのは難しい習慣である。元来、世界全体がシンプルな構造で出来ているのだから簡単なはずなのだけれども。
それは、地球上の生命の中でも人間だけにある、顕著な特徴とも言える感情が却って災いしているのではないだろうか。誰もが個人的な感情を抱えて生きていると思う。そういった感情は世界を客観的に捉えるにあたって障害になりやすいのかもしれない。
ベンチャーの場合、経営資源が極端に限られるのは確固たる事実である。でも何千万色にもおよぶ様々な色も基本はたった 3 色なのだ。その限られた少数の経営資源でも組み合わせは無限にある。そんな無限の組み合わせの中から、ダイヤモンドのごとく光り輝くものを見出してプロデュースする仕事は、ベンチャー起業家の重要な役割のひとつ。
では、その才能を磨くためにはどうすれば良いか?
それは、音楽でも絵画でも文学でも何でもいい。素晴らしいものを何度も何度も繰り返し感じとること。感覚と感性を育んでゆく訓練が欠かせないだろう。