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Sophia Cradle IncorporatedPresident Blog : Management

2005 年 03 月 12 日 : Ups and Downs

SONYのトップ人事の件を含め、最近のビジネス環境において栄枯盛衰の激しさが増しているように感じる。しかしその中にあって長年に渡って存続し、堅実に事業を伸ばしているような企業も少数派ながら存在している。

SONYの件はトップが代わるのを契機に、不透明感は残っているが変化するのは確かなことだと思う。SONYという会社は、数年前まで超優良企業と目されていただけに、世の中のビジネス環境の変化のスピードの速さとスケールの違いを改めて実感する。21世紀に入って時間の流れが加速しているかのように思うことが多くなった。それだけに栄枯盛衰が激しさを増しているのかもしれない。或いは、個々の人間や人類そのものが置かれている状況や環境がいつの間にかすっかり変化しているのに、人間だけがなかなかそれに気付けないことが多いとということなのかもしれない。

人生でそんなに滅多に体験できない創業というチャンスであるから、これを大切にし育てることを第一に考えて経営し、長年に渡って事業を堅実に伸ばしていきたいと思っている。

今の時代、大企業と雖も一瞬先は闇と言える。ましてベンチャーであればなおさらかもしれない。そんな厳しい時代にあって、参考になるのは、長年に渡って生き長らえてきたクラシックや絵画、古典、建造物などであろう。難解なところもあり、理解しがたいところもあるが、これらの芸術作品に共通するのは、欠陥というものが皆無で、パーフェクトにしかも自然に調和が図られているという点にあるような気がする。

ソフィア・クレイドル自体、創業して4年目である。組織の歯車に不足があることも事実と思う。その欠陥の一つ一つを解消していく努力こそが、繁栄する企業へと積み上げてゆくための、欠かせない部品となるのだと思う。

幸いにして、京都は歴史が長く、古き良きことから、身近にいろんなことを学べる機会に溢れている。

  

2005 年 03 月 05 日 : パラドックス

ベンチャー経営していると、経営資源である「ヒト」、「モノ」、「カネ」と実際の事業内容との間で複雑でパラドキシカルな状況が多々発生する。

10年くらい昔だったか、『公理系をどんなに磐石なものにしても、その真偽を証明できない定理が必ず存在する』という万全に見える数学の不完全さを証明する『ゲーデルの不完全性定理』に興味をもって数学基礎論を勉強していたことがある。確かに、ベンチャー経営において、どのように足掻こうがなす術のない窮地に追い込まれることもあるかもしれない。しかし、矛盾するように見えて、実は正しい『パラドックス(Paradox) 』も存在するのも事実であり、実際にはそんな『パラドックス』が多いのではないだろうか。

「クレタ人は嘘つきである」とクレタ人が言った。』という有名な『パラドックス』を例にとって考えてみよう。このクレタ人に関する文章は一体全体正しいのだろうか?なんとなく矛盾しているように思えるのだが、実はこの文章自体は正しい。

『正直なクレタ人』もいれば『嘘つきのクレタ人』もいる。その2種類のクレタ人をこの文章に当てはめて考えれば、この文章は矛盾せず正しいと解釈できる。

この例から学べることは、一見矛盾するように思えることでも、その根っこを押さえて原点に立ち返って考えれば、正しい筋道が明らかになるということではないだろうか。

これをベンチャー経営に置き換えて考察すれば、その原点に相当するものは『企業理念』や『行動指針』、そして『事業目的』であるように思える。複雑に入り組んだパラドックスのような難題も、そのような原点に戻ることで簡単に、明快に解決されよう。

『企業理念』や『行動指針』、『事業目的』といったものはベンチャー経営を支える根幹でもあり、これらそのものがパラドキシカルな要素を抱えるようであれば、混乱し自己矛盾に陥って経営が立ち行かなくなる可能性が高くなるだろう。

  

2005 年 02 月 12 日 : チャンス

ソフィア・クレイドルというベンチャーで携帯電話向けのソフトウェア事業を展開している。数え切れないくらい、たくさんのいろんな事業がある中で、自分がなぜそれを選択したのかという理由を明らかにしておくことは、ベンチャーを始める上で極めて重要なことではないかと思う。

この起業家100人挑戦日記を連載している起業家にしても、誰一人として同じ事業をしている人がいないくらい、世の中には様々な事業が存在している。けれども共通して、そのベンチャーが成功するかどうかは、その最初の選択によって決められているようにも思える。何故なら、自分の原動力の問題だからだ。

周囲のベンチャーを見ていて思うのは、なんとなく儲かりそうだから、たまたまチャンスが転がっていたからという理由でそのビジネスを始める人が多いようだ。だが、経営というものはそんなに甘くはないので、必ずと言っていいほど悪いときがやってくる。その時にどのようにして凌ぐかというのが、重要なポイントになる。それこそが試練であり、同時に真のチャンスと言えるのかもしれない。そしてその壁を乗り越えることによって、自らも脱皮しスタッフたちと共に会社は成長してゆくのだろう。

チャレンジすることは良いことだけれど、明確な理由無くなんとなくで始めたベンチャーは、事業の環境が悪くなった時にそれを乗り越える力が弱いのではないか。

大切になってくるのは、心の底からその事業をやってみたいと思えるかどうか、それから一緒に事業をやるスタッフたちにすべてを賭けることができるかどうかをよく問うことであろう。これらは、数理科学がシンプルな美しい数式で複雑な事象を表したり、帰納と演繹の繰り返しによって学問が発達するように、自らの心の中で、延々と語り尽くすことの出来ないくらいのことがらに、たったひとつの単純な答えを見つけ出せるかどうかに掛かっているのかもしれない。

マイクロソフト、Yahoo!、Googleなどのいまや巨大な企業へと成長した米国の偉大なベンチャーにしても、創業当初は、誰も見向きもしないような馬鹿げた事業だと思われていたものが、今日のように成長しているのである。

不思議な話だが、最初は期待されていない事業ほど将来的には大きなものへと成長する可能性が高いようだ。そんなに期待されない事業だけに、大成功といえるようなポジションに到達するためには、多くの時間と労力が要求される。そこに辿り着くためには、事業そのものが大好きであること、それからそれによって、世の中が良い方向に変革されることに喜びを見出せるような姿勢が大切になってくるだろう。

  

2005 年 02 月 11 日 : 海外交流

今年も海外からインターンシップ生を受け入れようと考えている。日本とは異なった環境、文化、教育で育った人たちとの交流はいろんな意味で刺激的だ。英語によるコミュニケーションが多少面倒ではあるが、それを遥かに上回るメリットがあるのは事実だ。

去年初めて、ルーマニアからインターンシップ生を受け入れた。彼は今月で研修を終えることになっている。来日してから、まもなく一年が経過するのだが、この一年で彼はいろんなことを学んだ。そして、私たちもいろんなことを学ばせていただいた。とても感謝している。

就労VISAが取得できれば、弊社に就職するはずだった。しかし、残念ながら入国管理局からそのVISAの発行を拒絶されてしまった。現在、彼が持っているVISA(研修ビザ)の関係で、一旦帰国し一年間は本国ルーマニアで、日本で学んだことをスキルトランスファーをせざるを得ないらしい。将来的にもずっと彼とは良き関係を保ちたいと考えている。できれば、一年後には、日本に戻って弊社で正社員として働いてもらいたいと思っている。

さて、海外からインターンシップ生を受け入れるメリットだが、こんなことをあげることができると思う。

1.海外の人と日本人がお互いに異なった発想をぶつけ合うことで、新しいモノが創造される可能性が高まる。

2.ワールドワイドなスケールで仕事をしているような雰囲気がオフィスに漂う。これは3にも関わることだけれど、実際にそういう雰囲気がごく自然にあるのは大きな違いが生じる。

3.英語によるコミュニケーションスキルが徐々にアップしてゆく。

ソフィア・クレイドルは、自社のソフトウェアを世界中のコンピューター機器にネット配信することを大きなビジョンとして掲げている。そのためには、自社のスタッフたちが、世界的なスケール感を感じて仕事をすることは何よりも大切だと思う。そういう意味で、海外からインターンシップ生を受け入れる意義は計り知れない。

  

2005 年 02 月 10 日 : 吉凶の間には

これからの時代は個性というものが問われるような気がしてならない。社員数が多くなると、一見、いろんな個性があるかのように見えるが、実際にはそれらが相殺されて没個性となったりしているように思える。これもアーティストのコラボレーションのようなものかもしれない。

ハイテクベンチャーの場合、新規性のある製品を開発し、それをマーケットに広めるまで、そのテクノロジーのスケールの大きさに比例するかのように、たくさんの時間がかかるものである。

いまや世界中のほとんどのパソコンにはマイクロソフトのWindowsがインストールされている。このWindowsにしても、発売されて数年間は全くといっていいほど売れなかった。

だから、ハイテク製品の場合はそれが売れ出すタイミングを見極めることがとても大切だ。しかも、最悪の場合、売れるまでに何年間もかかるため、辛抱強さ、忍耐力といったものまでもが要求される。このハードルは意外に高いもので、やったことの無い人には理解しがたい事実かもしれない。

でも、ハイテクベンチャーといえども、運良く製品が売れ始めると急成長期に突入するわけで、その時初めて、それまでのことがやっと吉とでたり凶とでたりする。

反面、良いこともある。製品が売れなくて比較的に余力がある時期に、人手がかかる営業や事務、サポートの部分に関していろんな手をうっておけば、事業が拡大しても人数をふやさなくて済むからだ。

例えば、業務プロセスはマニュアル化し、コンピューターができる部分はシステムとして実現しておく。インターネットによる販売システムを構築する。製品のクオリティを最大化し、サポートの頻度を激減させる、などなど。

ベンチャーが瓦解する理由の多くは、急成長に伴う不適切な人材の大量採用に伴うものが多いように思う。日本の場合、もともとベンチャーで働くことに向いていない人が多いのだが、急成長期に背に腹は代えられないとばかりに、間違って採用してしまったりすることも多いと思う。

あまり人を増やさなくても、それを遥かに上回る業績をあげれるビジネスモデルを構築しておけば、人材採用も慎重に実施できる。そうすると、適材適所でない人の問題で、ベンチャー経営がおかしくなるようなことを避けることができるだろう。

  

2005 年 01 月 28 日 : スケーラビリティ

大企業でサラリーマンをしていた頃、組織図には必ずヘッドカウント、所謂、頭数が記載されていた。部長や本部長といった、組織のトップは、そのヘッドカウントの数字を競い合って、自分たちの権力や権威というものを誇るかのようだった。

IT 用語の「スケーラビリティ」とは、利用者が増加しても、システムへの要求や負荷が増大したとしても、そのコンピューターシステムは柔軟に対応できる、ということだ。

これから、21 世紀の企業経営において、「スケーラビリティ」という考え方が重要になってくるのではないだろうか。65 歳定年制、社会保険料の負担増等など、社員数が多いことが必ずしも企業の好業績に直結せず、寧ろマイナスに作用しかねない傾向にある。

だから、たとえ売上が増加基調にあるにしても、人材採用はできるだけ控え、現有の人員で増加した分の仕事をこなす術が重要になってくるだろう。どのように頑張ったとしても、処理しきれない段階になって初めて、新たに人材を採用するというのが良さそうに思えてくる。

ソフトビジネスの場合、外注など外部からの仕入れをしなければ、経費や製造原価に相当するものの大半は人件費である。だから、注文が増えたとしても人の数はそのままで済むような仕組みを創っておけば、売上の増加以上に利益はグーンと伸びる続けることになる。

ベンチャーの場合、急成長している時に一気にたくさんの人材を採用するところが多い。ベンチャーが手掛けるのは新興ビジネスであるだけに、競争は激しく、またブームやトレンドにも左右されやすい。形勢が不利になった時にどのように凌ぐかというのが一つの分かれ目になろう。

経営手腕に秀でたベンチャー起業家は、どんな状況にあろうとも持ち前の経営センスでその難局を容易く乗り切れるだろう。しかし、そのような起業家はむしろ稀有な存在といえよう。大抵、自分の力を過信するところに、落とし穴が虎視眈々と待ち構えているものだ。

増え始めれば最早止めることができないほどの、ポジティブなフィードバックで稼動する経営システムを予めプログラミングしておけば、その分、のりしろの範囲も広く、少々の社会情勢や業界環境の変化も吸収できる。

そうすることで、スタッフたちの生活は豊かになり、職場の環境も働きやすくなり、未来の新規ビジネスにも余裕をもって楽しく愉快に臨めるのではないだろうか。

  

2005 年 01 月 27 日 : リスクヘッジ

大企業でサラリーマンをしていた頃、毎月、決められた額の月給が自分の銀行口座に振り込まれるのが至極当たり前のように思っていた。

前にもお話したが、独立とはそのような生活から決別することである。自ら稼がない限り、自分の銀行口座にお金が振り込まれることはない。謂わば、フルコミッションのセールスマンの生活に近いかもしれない。いや、スタッフたちの生活もあるので、彼らが安心して暮らせるような稼ぎも必要だ。未だ誰も知らないブランニューなブランドの商品やサービスを扱うようなものなので最初は苦戦するが、それだけ稼ぐことができないと、キャッシュが尽きた時点で経営破綻が訪れる。

ベンチャーを起業した当初、私自身やスタッフたちの安定した暮らしのためにも、如何にして毎月充分な粗利益を叩き出し、しかもそれを単調増加させてゆくかということについて、もっとも頭を使った。

ソフィア・クレイドルはハイテクベンチャーである。必然的に研究開発している製品が完成し、それが売れ出すタイミングとなると、かなり時間が経過してからのことになる。ハイテクベンチャーの場合、製品が爆発的に売れ出すまで、資金面でどうやって凌ぐかという戦略はもっとも重要であろう。しかも、スケールの大きなテクノロジーほど、芽が出るまでにそれだけの時間とお金がかかるものだ。

第 3 者から資金を調達するという手段も選択できるだろう。その調達先が自社の未来にとって相応しいところであればよい。しかし、そうでない可能性も有り得る。ある意味では、一つの大きな賭けとなり、その会社の未来にとってリスク要因となり得る。そのリスクをどうヘッジするかのセンスがベンチャー起業家には求められよう。

その資金調達で成功する場合もあるが、失敗する可能性の方が大きい。例えば、大手ベンチャーキャピタルが精緻に調査した上で投資した優良ベンチャーでも、3 割しか上場できない事実がある。これが意味するところは、ベンチャーキャピタルからの資金調達は失敗に終わるケースの方が多い、ということである。この事実は自分のこととして受け止めるべきであろう。誰しも自分はそうはならないと思うものだ。シビアに世の中を見たほうが成功の確率は高まるのではないか。

ベンチャーキャピタルが投資する企業の中には、上場がほぼ確実なレイターステージの企業も多い。アーリーステージのベンチャー企業への投資が不成功に終わる確率は 7 割よりもずっと高いものと推察される。

ソフィア・クレイドルという会社を、成長のスピードは多少遅くともよいから、自分たちにあったペースで、着実に、そして堅実に経営を伸ばしてゆくことに、私は重きを置いた。だから、早期の株式公開が前提条件となるベンチャー・キャピタルなどからの投資は全て断ってきた。

タイミングを逸するかもしれないが、人間万事塞翁が馬という。それによって、新たな展望が拓けるかもしれないと楽観視している。

そうはいっても、生活するために最低限の日銭は稼ぎ出さねばならない。無名で全く認知度も、売る製品さえもなかった頃から、どうやってお客さまから商品やサービスの対価としてお金をいただけるかということで、いろんな意味で鍛えられ、私たちは生命力を得たのかもしれない。自給自足という言葉がある。そんな風にして、苦労や苦心を重ねてベンチャー創業期を過ごすことで、長期的に自らの成長を加速することもある。即ち、その逆も真なわけだ。

携帯電話向けソフトウェア製品を販売しているので、製品 1 つ当たりの粗利益を「@粗利」とすると、全体の粗利益は次の数式で表現できる。

   全体の粗利益=@粗利×数量

問題はどうやってこの数式で表現される「全体の粗利益」をマキシマイズさせるかである。

@粗利」(製品価格)の数字で、売れる数量も変化するが、ここではそれは最適な値に設定されていると仮定する。

この数式で恐ろしいのは、「数量」の数字がゼロということがよくあるということだ。寧ろ、世の中、いたるところで発表される大半の新製品は、売上数量ゼロで消え去っているといっても過言ではない。品質、機能性など、どこにも落ち度が無いのに売れない新製品が山のようにある。逆に、矛盾するようだが、そんなに大したこともないのに売れている製品も多い。

この事実から分かるのは、マーケティングの大切さであろう。もし製品が本当に素晴らしいのであれば、それを必要とするお客さまに、そのお客さまが理解しやすいメッセージで表現し伝えることができれば、その「数量」の値はぐんぐんと伸びてゆくだろう。そして、利益は天に向かって際限無く登ってゆく。

インターネットの場合、日本だけでなく全世界がマーケットであり、注文も光速のスピードで入ってくる。そのきっかけさえ掴むことができれば、粗利益というものは瞬間的に大きく伸ばしてゆくことも可能だ。

ベンチャー創業当初は会社や製品への認知度も実績もなく、マーケティングノウハウも少なかった。創業して、3年という歳月が過ぎようとしているがそれらの条件が整いつつある。

サラリーマンの場合、月給は固定給である。商売をやっていて面白いのは、製品をたくさん売るためのノウハウを確立することができれば、世界中からインターネットで注文をいただく、その瞬間にサラリーマンの月給を遥かに超える額を稼ぐことも可能だということだろう。

勿論、そこに辿り着くまでに、実にいろんな紆余曲折があるかもしれないが…。

  
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