大企業でサラリーマンをしていた頃、毎月、決められた額の月給が自分の銀行口座に振り込まれるのが至極当たり前のように思っていた。
前にもお話したが、独立とはそのような生活から決別することである。自ら稼がない限り、自分の銀行口座にお金が振り込まれることはない。謂わば、フルコミッションのセールスマンの生活に近いかもしれない。いや、スタッフたちの生活もあるので、彼らが安心して暮らせるような稼ぎも必要だ。未だ誰も知らないブランニューなブランドの商品やサービスを扱うようなものなので最初は苦戦するが、それだけ稼ぐことができないと、キャッシュが尽きた時点で経営破綻が訪れる。
ベンチャーを起業した当初、私自身やスタッフたちの安定した暮らしのためにも、如何にして毎月充分な粗利益を叩き出し、しかもそれを単調増加させてゆくかということについて、もっとも頭を使った。
ソフィア・クレイドルはハイテクベンチャーである。必然的に研究開発している製品が完成し、それが売れ出すタイミングとなると、かなり時間が経過してからのことになる。ハイテクベンチャーの場合、製品が爆発的に売れ出すまで、資金面でどうやって凌ぐかという戦略はもっとも重要であろう。しかも、スケールの大きなテクノロジーほど、芽が出るまでにそれだけの時間とお金がかかるものだ。
第 3 者から資金を調達するという手段も選択できるだろう。その調達先が自社の未来にとって相応しいところであればよい。しかし、そうでない可能性も有り得る。ある意味では、一つの大きな賭けとなり、その会社の未来にとってリスク要因となり得る。そのリスクをどうヘッジするかのセンスがベンチャー起業家には求められよう。
その資金調達で成功する場合もあるが、失敗する可能性の方が大きい。例えば、大手ベンチャーキャピタルが精緻に調査した上で投資した優良ベンチャーでも、3 割しか上場できない事実がある。これが意味するところは、ベンチャーキャピタルからの資金調達は失敗に終わるケースの方が多い、ということである。この事実は自分のこととして受け止めるべきであろう。誰しも自分はそうはならないと思うものだ。シビアに世の中を見たほうが成功の確率は高まるのではないか。
ベンチャーキャピタルが投資する企業の中には、上場がほぼ確実なレイターステージの企業も多い。アーリーステージのベンチャー企業への投資が不成功に終わる確率は 7 割よりもずっと高いものと推察される。
ソフィア・クレイドルという会社を、成長のスピードは多少遅くともよいから、自分たちにあったペースで、着実に、そして堅実に経営を伸ばしてゆくことに、私は重きを置いた。だから、早期の株式公開が前提条件となるベンチャー・キャピタルなどからの投資は全て断ってきた。
タイミングを逸するかもしれないが、人間万事塞翁が馬という。それによって、新たな展望が拓けるかもしれないと楽観視している。
そうはいっても、生活するために最低限の日銭は稼ぎ出さねばならない。無名で全く認知度も、売る製品さえもなかった頃から、どうやってお客さまから商品やサービスの対価としてお金をいただけるかということで、いろんな意味で鍛えられ、私たちは生命力を得たのかもしれない。自給自足という言葉がある。そんな風にして、苦労や苦心を重ねてベンチャー創業期を過ごすことで、長期的に自らの成長を加速することもある。即ち、その逆も真なわけだ。
携帯電話向けソフトウェア製品を販売しているので、製品 1 つ当たりの粗利益を「@粗利」とすると、全体の粗利益は次の数式で表現できる。
全体の粗利益=@粗利×数量
問題はどうやってこの数式で表現される「全体の粗利益」をマキシマイズさせるかである。
「@粗利」(製品価格)の数字で、売れる数量も変化するが、ここではそれは最適な値に設定されていると仮定する。
この数式で恐ろしいのは、「数量」の数字がゼロということがよくあるということだ。寧ろ、世の中、いたるところで発表される大半の新製品は、売上数量ゼロで消え去っているといっても過言ではない。品質、機能性など、どこにも落ち度が無いのに売れない新製品が山のようにある。逆に、矛盾するようだが、そんなに大したこともないのに売れている製品も多い。
この事実から分かるのは、マーケティングの大切さであろう。もし製品が本当に素晴らしいのであれば、それを必要とするお客さまに、そのお客さまが理解しやすいメッセージで表現し伝えることができれば、その「数量」の値はぐんぐんと伸びてゆくだろう。そして、利益は天に向かって際限無く登ってゆく。
インターネットの場合、日本だけでなく全世界がマーケットであり、注文も光速のスピードで入ってくる。そのきっかけさえ掴むことができれば、粗利益というものは瞬間的に大きく伸ばしてゆくことも可能だ。
ベンチャー創業当初は会社や製品への認知度も実績もなく、マーケティングノウハウも少なかった。創業して、3年という歳月が過ぎようとしているがそれらの条件が整いつつある。
サラリーマンの場合、月給は固定給である。商売をやっていて面白いのは、製品をたくさん売るためのノウハウを確立することができれば、世界中からインターネットで注文をいただく、その瞬間にサラリーマンの月給を遥かに超える額を稼ぐことも可能だということだろう。
勿論、そこに辿り着くまでに、実にいろんな紆余曲折があるかもしれないが…。