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Sophia Cradle IncorporatedPresident Blog : Venture Business

2005 年 03 月 15 日 : ナチュラルな発想

先日NHK衛星放送で放映された「第19回日本ゴールドディスク大賞授賞式」の模様をビデオで観ていた。それによると、2004年に最もCDが売れたアーティストは「ORANGE RANGE」だそうで、アルバムとシングルを合わせてトータル456万5,370枚のセールスを記録したという。

「ORANGE RANGE」は2003年にメジャーデビューしたアーティストだから、たった2年で大賞に輝いたことになる。(インターネットで調べていると、デビューは2002年のようだ。デビューからしてもたった3年で日本の最高峰を極めた。)たくさんの人びとから支持されるほど素晴らしいものであれば、あたかも光速のようなスピードでひろがってゆく。それが“ソフトウェア”ビジネスの特色かもしれない。ここにも「ネットワーク外部性」が働いているかのように思えて不思議だ。

デビューして間もない「ORANGE RANGE」というアーティストはファーストアルバムである「1st CONTACT」とセカンドアルバムである「musiQ」の2枚のアルバムしか発表していないので新進気鋭のミュージシャンといえるのかもしれない。これら2枚のアルバムを聴き比べてみると、素人の判断で恐縮なのだが彼らの成長の軌跡がなんとなく感じとれる。「musiQ」の「ミチシルベ」「花」「ロコローション」の3曲が特にお気に入りなので彼らの活躍は個人的にも喜ばしい出来事なのである。

さらに数字の話で恐縮なのだが、アルバムとシングルを合わせて456万枚のCDが売れたのだから、売上金額に換算すれば100億円前後ではないかと推察される。しかし、「ORANGE RANGE」という年齢20歳くらいの、たった6名からなるアーティストのグループが、3年という短期間で素晴らしい作品を世に送り出したところに、私は希望のようなそれこそゴールドに輝く未来を展望している。

世の中の潜在的なニーズを満たし、人びとの生活を豊かに幸福にさせてくれるクオリティの高い作品をアウトプットし、時代の趨勢やメガトレンドといったものにシンクロすることによって、私たちもそんなことが達成できるのではないか。社会の潮流を眺め感じ洞察し、その流れに自然に任せるようなかたちで、真に求められるハイセンスなモノを世の中に送り出したい。

傑作といえるような作品を創作するためのヒントを、農業や栽培関係にも見出すことができると思う。例えば、これは専門用語でもあるようなのだが「間引き」もそのひとつだ。間引きとは種を蒔いた苗床で密生している苗を適度に調整しながら取り去ることであるが、それは何故かというと、一本一本の苗に充分な栄養を行き渡らせ、苗を立派に成長させるためである。

それ以外にも発芽したばかりの苗を育てる方法に関心を持っている。というのはベンチャーにおいては、製品は発芽したばかり苗であって、それを如何にして育てて栄養を行き渡らせて、世の中に役立つものとしてひろめてゆくかというのが至上命題であるからだ。

だから、その製品が利用されている現場から得られる、さまざまなノウハウは、農作物でいうところの栄養に匹敵するように思える。今現在はソフィア・クレイドルでは営業、宣伝、広告といったプロモーション活動を一切していない。そんな風なマーケティングであるので、切実にソフィア・クレイドルの製品を必要とされるお客さまからの注文が多い。そういった差し迫った状況に追い込まれたお客さまの現場に存在するニーズやウォンツを知ることによって、パーフェクトな素晴らしい製品に育てることができるのではないか。

ベンチャー創業期は人員や体制など諸々の面で経営資源が限られるだけに『選択と集中』は必須である。実はお客さまも一つの重要な経営資源である。ベンチャーの成長にとって追い風になってくださるお客さまが自然に集まってくださるようなメカニズムの確立もひとつの考え方といえるかもしれない。

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2005 年 03 月 11 日 : コンバージェンス

無(ゼロ)』から創まる、そんなベンチャーが長きに渡り継続的に発展するにはどうすればいいのだろうか。どのようなメカニズムが必要なのだろうか。インテルとマイクロソフトは『ウィンテル』として共に「CPUの処理能力は18ヶ月で倍増する」という『ムーアの法則』に従った事業戦略を展開し、現在も堅調に成長を続けている。大抵の場合、飛躍的な成長の裏には、何らかのしっかりとしたコンセプトやトレンドが確実に存在している。生き物でいえば、骨格に相当するようなものだ。

今は誰の目にも見えないのだが、何年後かの未来社会ではユーザーにとって必要不可欠なものを、鮮明にイメージできるセンスや才能を磨かなければと思う。日常生活のちょっとした兆しや変化からその後の未来の動向を予測し、その実現に向けて全力投球する姿勢がベンチャー経営者には必要だろう。

あまり聞きなれないキーワードかもしれないが、『コンバージェンス』を意味するようなトレンドが未来の高度情報化社会では重要視される。そんな風に考えて、私は『ソフィア・クレイドル』というベンチャーを創業した。辞書で調べてみると、『コンバージェンス』は「converge」という英単語から派生した言葉でそれは「(of a number of things)gradually change so as to become similar or develop something in common」(Oxford Dictionary of English)と定義されていたりする。『元々は異なるたくさんの物事が徐々に一つのものに収斂してゆく』という意味だ。

昔は文字しか入出力できなかったパソコンが、今では文字以外にも音声、画像、映像などいろんなメディアを扱える。だから、パソコンが一台あればすべて事足りるというのも、ある意味では『コンバージェンス』だ。インターネットで、ラジオやTV、映画などをまとめてひと括りにしてコンテンツ配信するのも『コンバージェンス』。音楽が聴けて、カメラ撮影ができて、電話もインターネットもできる携帯電話。それもまさに『コンバージェンス』の一種だ。

このごろ生活の中で興味深く思っている傾向がある。それは音楽CDを買うと、その中にDVDが入っていてその音楽の映像ソフトも入っているという現象である。CDもDVDも両方再生できるプレイヤーを持っている方はプレイヤーは一台で済むが、そうでない人はDVDを観るときはDVDプレイヤー、CDを聴く時はCDプレイヤーにメディアの種類に応じてプレイヤーを変えてそのコンテンツを楽しんでいる。

次のステップとしては、そのCDとDVDも一枚のメディアに統合され、ユーザーは利用シーンに応じて音楽を音または映像、或いは文字・画像(詞や楽譜)で鑑賞する生活スタイルを予測できる。最終的には音楽のオリジナルデータは一箇所のサーバーに記憶され、ネット経由でさまざまな情報機器にリアルタイムにコンテンツ配信され、それぞれの機器の特性に合わせて再生されることになろう。

コンピューターそのものは、世の中の事象をある側面からモデリングしシミュレートする能力で社会の発展に寄与してきた。昔のコンピューターは性能も低かったので、ものごとをある側面からしかシミュレートできなかった。今日ではコンピューターとネットワークの大きな発展に伴って、一つのモデルで全方位あらゆる角度からモデリングの対象となったその事象シミュレートできるようになってきている。例えば、音楽の場合、一つのモデルで音で聴く、或いは映像で観るといったような方式である。やろうと思えば、その曲の詞や楽譜、そして解説やエピソードまでもが音楽を楽しみながら同時に閲覧することすら可能だ。

最近では、『ムーアの法則』に従って高性能なCPUが安価に大量生産され、携帯電話、テレビ、自動車など様々な機器に導入されようとしている。そうなってくると、コンテンツそのものをいろんな情報機器に合わせて開発すると膨大なコストがかかってしまう。それらの情報機器がその性質に応じて、一つのコンテンツをそれぞれ適切に解釈し、ユーザーに最適なユーザーインターフェースでコンテンツ配信することが求められるようになるだろう。

コンテンツのモデルを一つに統一し、それを多種多様な情報機器に配信するのであれば、コンテンツの送り手と受け手の両方に、ある種共通のプラットフォームがあればスムーズにゆく。

ソフィア・クレイドルでは、携帯電話という情報機器でさまざまな情報をハンドリングするユーザーインターフェースを核にした軽量でスピーディなプラットフォームを研究開発してきた。パソコンのWindowsOSそのものを携帯電話で動作させることは不可能であるが、携帯電話上のソフィア・クレイドルのプラットフォーム(SophiaFramework)をパソコンで動作させるのは何の問題もない。実際のところ、パソコン上の携帯電話のシミュレータ上で動作している。

さまざまなコンテンツのモデルが一つに収斂(『コンバージェンス』)し、それを大小、形態もバラエティに富んだ情報機器に配信するとなると、自然にそれを統合するような統一されたプラットフォームがいろんな機種に搭載されることが求められる。機能性は勿論のこととして、そこには軽量であること、スピードが速いこと、さまざまな機種で動作できるように移植性が高いことなどが大切だ。いまはそんな方向性に未来を感じてソフトウェアビジネスを推進している。

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2005 年 03 月 05 日 : パラドックス

ベンチャー経営していると、経営資源である「ヒト」、「モノ」、「カネ」と実際の事業内容との間で複雑でパラドキシカルな状況が多々発生する。

10年くらい昔だったか、『公理系をどんなに磐石なものにしても、その真偽を証明できない定理が必ず存在する』という万全に見える数学の不完全さを証明する『ゲーデルの不完全性定理』に興味をもって数学基礎論を勉強していたことがある。確かに、ベンチャー経営において、どのように足掻こうがなす術のない窮地に追い込まれることもあるかもしれない。しかし、矛盾するように見えて、実は正しい『パラドックス(Paradox) 』も存在するのも事実であり、実際にはそんな『パラドックス』が多いのではないだろうか。

「クレタ人は嘘つきである」とクレタ人が言った。』という有名な『パラドックス』を例にとって考えてみよう。このクレタ人に関する文章は一体全体正しいのだろうか?なんとなく矛盾しているように思えるのだが、実はこの文章自体は正しい。

『正直なクレタ人』もいれば『嘘つきのクレタ人』もいる。その2種類のクレタ人をこの文章に当てはめて考えれば、この文章は矛盾せず正しいと解釈できる。

この例から学べることは、一見矛盾するように思えることでも、その根っこを押さえて原点に立ち返って考えれば、正しい筋道が明らかになるということではないだろうか。

これをベンチャー経営に置き換えて考察すれば、その原点に相当するものは『企業理念』や『行動指針』、そして『事業目的』であるように思える。複雑に入り組んだパラドックスのような難題も、そのような原点に戻ることで簡単に、明快に解決されよう。

『企業理念』や『行動指針』、『事業目的』といったものはベンチャー経営を支える根幹でもあり、これらそのものがパラドキシカルな要素を抱えるようであれば、混乱し自己矛盾に陥って経営が立ち行かなくなる可能性が高くなるだろう。

  

2005 年 02 月 25 日 : セレンディピティ

セレンディピティ』という言葉をご存知だろうか。Webster's Dictionaryによれば、「セレンディピティ(serendipity)」には「求めてもいないのに偶然に幸運な発見をする能力(the faculty of making fortunate discoveries of things you were not looking for)」という意味があるらしい。何だかベンチャーにも必要な才能みたいだ。

母から薦められた同名のタイトルの映画を観て、『セレンディピティ』という言葉の響きに憧れを抱いていた。偶然に出会った見知らぬ男女が、数年後、それぞれの電話番号が記された書物と紙幣を偶然に手に入れることで物語が展開するというのが、軽妙でロマンティックなこの映画のストーリーだった。

『セレンディピティ』の語源は『セレンディップの3王子(Three Princes of Serendip)』というおとぎ話にあると謂われている。この物語は、セレンディップという国(現在のスリランカ島)の3人の王子の冒険にまつわるお話だ。綿密に計画をたてて出発した王子たちであるのだが、旅は思い通りに運ばなかった。でも、さまざまな困難な出来事や災難に巻き込まれつつ、叡智を振り絞ることで予想外の貴重な体験をし宝物の発見をするというアドベンチャーな話だった。この物語から、幸運を神頼みするのではなく「不思議なことを追求する心的能力」ということを意味するようになったらしい。

実際のところ、ベンチャー企業で起こるさまざまな出来事もこれに近いところがあるように思う。事業計画書の緻密な計画や研究開発がその通りに進まないケースが圧倒的に多いのではないだろうか。その中にあって、計画が当初の予定以上に発展できるかどうかは、予想外の発見や発明をする『セレンディピティ』の才能によって運命付けられるように感じる。

『serendipity』という英単語にしても、何の関心もない人からすれば単にアルファベットが並んでいる単なる文字列に過ぎないが、これに興味を持って何らかの知識や教訓を得ようとする人にとっては学ぶことが多いだろうと思う。日常生活において存在していたり発生するさまざまな事象に、どれくらい深くそんな姿勢でいられるかが『セレンディピティ』という才能をのばす鍵となるのかもしれない。レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』にも通じるものを感じたのだが・・・。自然界や宇宙の不思議に敏感であった科学者や詩人たちにもこの能力が見出せそうである。

ソフィア・クレイドルは「未来社会におけるクールな携帯電話向けの電話帳」を研究開発するところから出発したが、未だそれは達成できていない。いろんな条件、制約や業界環境などに左右され当初の計画からすれば必ずしも思い通りに進んでいない。しかし、いろんな困難な事態や問題をスタッフ全員の知恵を働かすことによって、壁を乗り越える度に自ら成長すると共に予想もしなかった新しい技術開発に成功してきた。そして、それらが製品となり売上があり、幸いにも会社自体が生存しかつ進化を続けている。

苦しく厳しい経験や体験が存在するのなら、そこで得られるものにもそれだけの価値があるのではないだろうか。誰にも備わっていると思われる『セレンディピティ』を養うことができたら、獲得できるものも珍しく美しい宝物となるだろう。だから、そのためにも何よりもまず、『創める』というスタンスが大切になってくるように思える。

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2005 年 02 月 17 日 : 海の彼方には

創業してからこれまでの3年間は国内のマーケットを中心に事業を展開してきた。今年から始まる次の3年間で海外のマーケットへと徐々にシフトしようと計画している。国内のマーケットを1とすれば海外のマーケットは15〜20と圧倒的な拡がりがある。しかも、携帯電話の国内市場は飽和状態だが、海外は中国、インド、ロシアを中心に現在も凄い勢いで伸びている。

国内マーケットに絞ってきた理由は、携帯電話のハードウェアそのものが日本のものは、海外と比較してダントツに進んでいたからだ。しかし、昨年後半あたりから、海外でもカメラ付きやゲームができる携帯電話が続々と出荷されるようになってきた。私たちが研究開発してきたソフトウェアのニーズが海外マーケットで急激に立ち上がりつつある。ちょうど一年前は海外からの問い合わせは皆無だった。でも、最近では毎日のように世界中の国々から問い合わせが入るようになっている。昨年の秋以降、この傾向が顕著に現れている。

京セラや日本電産、SONY、HONDAなどの偉大な企業の創業の頃を研究していると、何れも海外での販売をきっかけとして大きく飛躍してきたことが分かる。しかも、海外の場合は国内とは違って一瞬のうちに重要な意思決定がなされる傾向が強く、これらの企業は何れもその一瞬のチャンスを見逃すことなく掴んでいる。そんなチャンスが訪れるであろうことを意識して、それに備えることが肝心だと思う。

ソフトウェアビジネスの場合、今やマーケットから必然的に求められているのは、「水準は世界標準」ということだ。現在、皆さんが使っているパソコンのOSにしても、ワープロにしても、メーラーにしても、ほとんどがそうではないだろうか。そんな背景があるので、その先に広がるのはグローバルなスケール感のある未来と思う。

これまでは日本語ベースで研究開発を進めてきたが、世界標準を目指そうとするならば、英語を使わざるを得なくなってくる。そうすることによって、リアルタイムに製品を全世界に同時に供給することができる。いわば、スピードを重視した世界レベルの経営がその時初めて実現されることになる。日本語と英語には、言語学的に大きなギャップがあるようで、自由に使いこなすのには苦労する。しかし、もはやそんなことも言っておれない状況になりつつある・・・。これからは、必要に迫られて英語をオフィスのスタンダードな言語にしてゆくことになるのだろう。昔は、単に大学に入るためやTOEICのために勉強した英語だが、これから暫くは実質的に英語を勉強しなければならない状況に追い込まれてきた。

英語で仕事をしていると意外に良いことがあるのが分かる。企業というのはそこで働く人によって支えられている。その会社に集まってくる人材のスキルや人格、才能といったものの集積及びそれらの組み合わせから発生するシナジー効果が全てと極論しても良い。

日本では優秀な人ほどベンチャーではなく大企業で働きたがるようだ。でも海外では全くその逆だ。優秀な人から順番に、伸び盛りの急成長ベンチャーで働く、或いはそんなベンチャーを起業する未来を選択する。日本人だと採用できないような人材が世界レベルだと採用できる可能性が高くなる。実際、ソフィア・クレイドルでも海外からのインターン生を募集すると、世界中から優秀な人材が応募してくる。

それから、もう一つ大きなメリットをあげるとするならば、ソフトウェアビジネスで最も重要なポイントは、如何にして20代前半の有能なプログラマーに活躍してもらうかということがあるように感じている。日本の場合は、中学高校とコンピューター教育を真剣にやっているところは皆無に近い。有名大学に入るための教育という名の受験勉強が熱心になされている場合が圧倒的に多い。たとえ有名大学に入学できたとしても、実社会で実際に役立つような教育がなされている例は珍しい部類だろう。

海外を調査してみると、日本とは全く異なっている事実に気が付く。それは、中学や高校の段階からコンピューター専門の学校があって、10代の頃から、将来のコンピューター技術者の育成に向けた教育がなされている。しかも、若い頃は天才プログラマーとして活躍していたような異能が教育に携わっていたりする。例えば、以前ご紹介したアラン・C・ケイ氏もその一人だ。コンピューターだけでなく、いろんな分野で、その人の人生の目的や目標に合わせた教育がなされている。だから、20代前半の年齢でも充分に実務に耐えうるようなスキルを持った人材が育つのだろう。

プログラマーの場合、20代は最も充実した年代であり、このときに世界的な業績を残した天才と称されるようなプログラマーは数え切れないほどいる。日本では、そんな天才プログラマーを発掘するのは至難の業だが、世界中から探すとなると、スキルやモチベーションも含めて採用しやすくなる。

それから、ソフィア・クレイドルで働きたい海外の若者たちのエッセイとか読んでいると、弊社の場合、何故かヨーロッパからの希望者が多いのだが…。京都にある会社というのはとても魅力的らしい。いろんな寺院や自然、文化、そして歴史が古く、極東の地ということもあって、興味深いらしい。そんな地の利を活かして、海外の人材をこれから少しずつ増やして、この3年間で海外へのシフトのランディングを完了できたらと思っている。

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2005 年 02 月 16 日 : 講演のご案内

海外インターン生でいつも大変お世話になっているアイセック同志社大学委員会様の主催の起業家講演会で話します。ご興味のある方は是非ご来場ください。

題目:「ベンチャービジネスの立ち上げ方」
日時:平成17年2月19日(土)14時〜16時
場所:同志社大学今出川キャンパス 講武館106
開場:13時30分

<講演概要>

ベンチャービジネスの中にあって、イノベーションとマーケティングで勝負をしなければならないハイテクベンチャーを立ち上げるのは並大抵のことでないように実感します。何の知識も持ち合わせず、勢いやノリといった感覚で始めるとすれば、そこには大苦戦が待ち構えていることでしょう。それはそれで良い経験にもなるのですが、その先にはもっと多くの難関があるのだから、最初から分かっている問題は事前に対処するのがベストです。

多くのベンチャーが廃業したり、M&Aされたり、当初の思惑と違ってやりたくないことを仕事にしていたりします。そんなことになれば、何のために一大決心をしてベンチャーを始めたのか、その意味が分からなくなります。

ほとんどのベンチャーは立ち上げの時に、最初から組み込まれた問題に起因して、立ち行かなくなったり、思うように事業が運ばなくなったりします。何故、そのような事態が発生するのかを自分なりに考えることもよくあります。私が思うには、全てはベンチャー起業について学ぶ場が皆無に近い状況が今日の事態を招いているように思えてなりません。

私自身、右も左も分からないままに起業したのですが、しなくてもよいことをしていたり、悩まなくてもよいことに悩んだり、やるべきことをせずに苦労することが多かったように思えます。事前にそんなことを少しでも知っていたら、もっとスムーズに事業を軌道に乗せられたのにというような反省も数多くあります。

創業して3年という年月が経過しました。最初は売るべき製品も存在しなくて、それを凌ぐために廻り道しつつ、いろんな創意工夫をしました。そのような経験を通じて、私たちも成長すると共に会社も次第次第に良くなってきました。現在では、既存製品の売上だげで月間固定費を充分に上回っていますので、売上の全額を新規の研究開発に当てることもできれば、何も働かなくとも暫くは安泰というようなところまできています。実際には、会社をもっと伸ばしたいので働かないというのはありえないことなのですが…。

ソフィア・クレイドルは、スタッフたちも含め、短期的な成長ではなく、長期的に想像もつかないほど成長することを目指している会社です。だから、最初から猛ダッシュすれば短期的には大きく成長するかもしれません。しかし、長期的には息切れしかねないため、研究開発は他のベンチャーでは類を見ないほど、ゆったりとしています。スタッフたちは完全週休2日制ですし、ソフトハウスでよく見られるような不眠不休で働いているスタッフは一人もいません。

新しい何かを創造するには、我武者羅に働くのもいいのですが、それだけでは何かが不足するように感じています。いろんな模索をしつつ、ハイテクベンチャーを成功軌道に乗せるように努力しています。

ソフィア・クレイドルというベンチャーを創業してから3年の年月で多くを学びました。この過程で得た多くの気付きは、他のベンチャー起業にも少しは役に立つように思えます。少なくとも、同じような失敗をした時の対処としては参考になりそうな気がします。

学校や会社や家庭では、なかなか起業を成功させるための方法論について学べません。この日記でお話してきたことはまだまだ極僅かな気がします。他で学べないようなことを今回の講演会ではご紹介できればと思います。

  

2005 年 02 月 12 日 : チャンス

ソフィア・クレイドルというベンチャーで携帯電話向けのソフトウェア事業を展開している。数え切れないくらい、たくさんのいろんな事業がある中で、自分がなぜそれを選択したのかという理由を明らかにしておくことは、ベンチャーを始める上で極めて重要なことではないかと思う。

この起業家100人挑戦日記を連載している起業家にしても、誰一人として同じ事業をしている人がいないくらい、世の中には様々な事業が存在している。けれども共通して、そのベンチャーが成功するかどうかは、その最初の選択によって決められているようにも思える。何故なら、自分の原動力の問題だからだ。

周囲のベンチャーを見ていて思うのは、なんとなく儲かりそうだから、たまたまチャンスが転がっていたからという理由でそのビジネスを始める人が多いようだ。だが、経営というものはそんなに甘くはないので、必ずと言っていいほど悪いときがやってくる。その時にどのようにして凌ぐかというのが、重要なポイントになる。それこそが試練であり、同時に真のチャンスと言えるのかもしれない。そしてその壁を乗り越えることによって、自らも脱皮しスタッフたちと共に会社は成長してゆくのだろう。

チャレンジすることは良いことだけれど、明確な理由無くなんとなくで始めたベンチャーは、事業の環境が悪くなった時にそれを乗り越える力が弱いのではないか。

大切になってくるのは、心の底からその事業をやってみたいと思えるかどうか、それから一緒に事業をやるスタッフたちにすべてを賭けることができるかどうかをよく問うことであろう。これらは、数理科学がシンプルな美しい数式で複雑な事象を表したり、帰納と演繹の繰り返しによって学問が発達するように、自らの心の中で、延々と語り尽くすことの出来ないくらいのことがらに、たったひとつの単純な答えを見つけ出せるかどうかに掛かっているのかもしれない。

マイクロソフト、Yahoo!、Googleなどのいまや巨大な企業へと成長した米国の偉大なベンチャーにしても、創業当初は、誰も見向きもしないような馬鹿げた事業だと思われていたものが、今日のように成長しているのである。

不思議な話だが、最初は期待されていない事業ほど将来的には大きなものへと成長する可能性が高いようだ。そんなに期待されない事業だけに、大成功といえるようなポジションに到達するためには、多くの時間と労力が要求される。そこに辿り着くためには、事業そのものが大好きであること、それからそれによって、世の中が良い方向に変革されることに喜びを見出せるような姿勢が大切になってくるだろう。

  
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