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Sophia Cradle IncorporatedPresident Blog : Vision

2005 年 10 月 05 日 : 計り得ぬ価値創造

2005年10月3日、新月の日。ソフィア・クレイドルの第5期がスタートした。それに併せるように期待の新作 SophiaFramework Ver 3.0(β) を発表した。βとは言え実際のところ製品となんら遜色はない。

Chief Software Architectがしばらくの間、調整の休養をとるので万全を期してβにしただけ。創業以来3年半以上もの時間をかけて開発した渾身の作品である。不眠不休で仕事に没頭する景色にオフィスが彩られることもあった。

リフレッシュして新たな創作活動をするには長期休養が必要なときもある。最近、山下達郎やサザンオールスターズが相次いで6〜7年振りに新作をリリースしている。プロフェッショナルな傑作を世に送り出そうとすればそれなりに歳月がかかるものだ。あるときは何も考えずエンドレスに過ごす時の流れにも意味を見出せる。そんなひと時があるから数字に換算できないほどの価値が生まれる。

創業当初、マーケティングとイノベーションのマネジメントの両面で苦戦することも多かった。でも期を5回重ねるとなるとマネジメントも安定感が桁違いに増してくる。その時ある人は完全無欠なビジネスプランを書き下して、株式上場というようなプランを思い描いたりする。

第5期という事業年度を迎えて思うのは、売上や利益といった数字より遥かに価値があることってあるんじゃないの、ということだ。例えば、名作、名曲といわれる絵画や文学、クラシック音楽というものは数字に換算できないということである。むしろそんなものの方がロングレンジに構想するのならば価値がありそうに思えてくる。

ソフィア・クレイドルの経営の根幹は、そういった過去の歴史の過程を経て現代までに伝わってきた数々の作品の影響を強く受けている。

経営が安定してきた今こそ、目標とすべきは時を超えて生きる作品の創作活動ではないかと思ったりする。傑作と称される作品ほど定められた計画とは別の領域で創られるような気がする。何らかの秘訣は確かにありそうだ。

数字には換算できない価値を創造すること。ソフィア・クレイドルの目標は変化しつつある。

  

2005 年 09 月 28 日 : +∞ のソフト技術

SF 作家の George Johnson 氏の的を射たコメントからもうひとつ。

"コンピューターは自分自身をてこにして進化発展を遂げる性質を持つ。言い換えれば、未来のコンピューターは現代の進化したコンピューターを使って創られるということだ。このサイクルは停止することなく永遠であり無限にポジティブフィードバックのスパイラル曲線を描く。"

過去の歴史を紐解けば、George Johnson 氏が述べるプロセスを経てコンピューターは進化発展し今日に至っている。職人によって施される幾重にも重層的に漆塗りされた漆器に味わい深さを覚えるあのフィーリングに近いかもしれない。そんな無限大"+∞"に通じる流れに身をゆだねる姿勢から未来への理想の結果が生じるのではないだろうか。

未来にタイムトリップして世界を展望した時。多層的な構造を織り成すユビキタスなソフトウェアについて願うこと。そのソフトを構成するいくつかの層は、ソフィア・クレイドルのソフト技術によるものであってほしい。

携帯電話向けソフト技術で重層的な構造を持つものはほとんどないが、過去のコンピューターの潮流から洞察すればそうなることは自明のことのように思われる。何年先かと時期を特定することは叶わない。けれども早かれ遅かれそんな時代は自ずとやってくるだろう。

  

2005 年 09 月 27 日 : +0 のソフト技術

無限小 Infinitesimal の値 +0 は、0 よりは大きいけれども如何なる正の実数よりも小さな数として数学的に定義される。

SF 作家の George Johnson 氏が興味深い発言をしている。

"情報には質量や重さといった概念がない。だからコンピューターは実体のあるモノを扱う従来の機械とは違い何処までも無限に小さくできる。"

ムーアの法則は「半導体の集積密度は 18 〜 24 ヶ月で倍増する」という法則である。換言すれば"同じ機能のコンピューター"が 18 〜 24 ヶ月ごとに 2 分の 1 だけ小さくなるということだ。

ムーアの法則が永遠に成り立つとは一般には思われていない。いつか限界が来るとほとんどの人は思い、そこに思考の壁を自ら作っている。半導体を前提としたコンピューターについては当てはまるかもしれない。しかし"コンピューター"と"半導体"は独立した事象と捉えた方が思考そのものが自由に解き放たれ発想がひろがる。

ソフィア・クレイドルの究極のビジョンは、George Johnson 氏がいう無限小の値 +0 のサイズにまで超小型化されたコンピューターにおけるソフトウェア技術面でのブレークスルーである。だからこそ" +0 のコンピューター"向けソフトを記述するためのプログラミング言語とその言語によって記述されたソフトを圧縮する技術に非常にこだわりがある。

肉眼では見えないほど微細な生物細胞の核にあるといわれる遺伝子 "DNA" には、現代のコンピューターでも瞬時に解読できないほどの情報が内在する。

無限小 +0 コンピューターの謎を解く鍵はあらゆる生命が持つ玄妙な本質にあるのかもしれない。

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2005 年 09 月 24 日 : Blog検索エンジン考

BLOGを書く人が増えている。

それに伴って膨大なBLOG情報がインターネットに溢れるようになってきた。自分にとって価値のあるBLOGを見つけ出せないジレンマに陥る傾向に拍車がかかる。BLOG 検索エンジンが次のビジネスチャンスになりそうだ

BLOG 自体はシステム的に複雑でなくて、それなりの人が取り組めば実現可能なソフトウェア技術である。その証拠に世界中でいろんな人が様々なBLOGシステムを開発し発表している。

しかしBLOG 検索エンジンに関しては従来のソフトウェア技術をブレークスルーするものをいまだ知らない。自分のフィーリングに合ったBLOGを検索する術がない。

新しいBLOG検索エンジンに関してひとつ思うことがある。BLOGというのはひとつの著作であり、一般的な傾向としては自分にとって読む価値のあるものは、文体や言葉、その連なり、その音の響きが自分のとって何処となく心地よいものではないか。

SPAMメールを排除するシステムには学習させることによってメールの内容からSPAMと判別するものがある。個人的に利用しているSPAMメールフィルターにはこの"ベイズ理論"という数学の確率理論が使われている。その精度に満足している。

ネットで調べると、Thomas Bayes氏は18世紀に生きた、聖職者兼数学者のイギリス人だったらしい。何百年も前の数学的理論が現在のコンピュータに応用されているだけに、Thomas Bayes氏の偉大さが窺い知れる。

"ベイズ理論"によれば、ある事象が発生する確率は過去の同じ事象の発生頻度によって概ね予測できるという。言い換えれば、その原因から起こる結果についての確率が分かれば、その結果を引き起こす原因が分かり未来を見渡せるということである。

この理論を応用し、自分のフィーリングの尺度でBLOGを数値化できれば、その人にとって心地よい新しいBLOG検索エンジンが創造できるかもとふと閃いた。

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2005 年 09 月 18 日 : 時を超えて

創業の頃は"生存すること"が経営の主眼だった。さまざまな創意工夫と懸命な努力をしたので増収増益基調の安定が得られたのだろう。

ベンチャー起業で重要な岐路は、経営が安定した時に採る一手ではないかと思う。それから法人として根幹ともいえる重要な"人格"が形つくられてゆくのではないだろうか。

ソフィア・クレイドルが目指しているのは"時を超えうる作品"の創造である。

私たちの文化的なクオリティの高い生活は、偉大な先人たちの発明や発見、創作のお陰である。何年、何十年、何百年も前の音楽、絵画、書物から学んだり心癒されることは数知れない。インターネットにしても電気や通信、コンピューターの発見、発明なくして存在しえない。

それは過ぎし日のものがいまなおも生き続けている感覚に近い。私たちはそういったものを受け継いで快適な生活を送る恩恵に授かっている。だからこそ、私たちも、時を超えて後世に伝わる素晴らしいものの創造に取り組む姿勢が大切なのではないかと思う。

  

2005 年 08 月 25 日 : Ideal

戸を出ずして、天下を知り、
窓を窺(うかが)わずして、天道を見る。
其の出ずることいよいよ遠く、
其の知ることいよいよ少なし。
是を以て聖人は行かずして知り、
見ずして名づけ、為さずして成す。
(「老子」第47章)

一歩も外に出ずに天下のことをすべて知り、窓の外を見ずに天の道をすべて知る。遠くへ出かければ出かけるほど、逆に知ることは少なくなる。それ故に聖人は何処へも行かないでもすべてを知り、見なくともその名を言い当て、何の行動もせずに万事を成し遂げる。

老子が語るこの生き方を、ソフィア・クレイドルの理想の経営スタイルとしている。さすがに創業初年度とその翌年は企業存続のために、他に頼るあても無いので私自身が営業に出かけることもあった。経営に困らない最低限の受注をクリアすればそれ以上の営業活動は敢えてしなかった。むしろどうすれば老子が教えるようなスタイルが現実になるのだろうかと思索していた。お陰さまで今では事業運営に必要な経費は楽にカバー出来ている。

何ごともイメージしないことには始まらない。スタッフが最高傑作と誇れる作品を創造し、営業するまでもなくお客様がそれを選ぶという自然な流れ。それが最善のスタイルでありそれを実現することを目標にしている。今は営業活動することもなければ資金繰りに奔走することもない。自分の理想実現に集中特化し、与えられたすべての時間を投入している。

言葉でいうのは簡単だが、それを具体化するのは難しいものである。しかし日常生活において重要だと思うことがある。自分がモノやサービスを買うときの話である。それは人から勧められてというより自分の感性で選んで買う場合の方が多いという事実だ。ごく自然に当たり前のようにして儲かる商売のヒントはそんなところにありそうだ。

  

2005 年 08 月 14 日 : Grassland

製品やサービスがお客様に選ばれるから企業は存続し、製品やサービスは企業に在籍するスタッフによって創られる。だからスタッフの才能や熱意、努力が全てともいえる。有能な人材がその企業にジョインし、ポテンシャルを発揮すればするほど間違いなくその企業は発展し繁栄するだろう。

最近、競走馬の育成についての本を読んだ。"ミホノブルボン"というダービー馬の調教師であった、故・戸山為夫氏が記した遺作である。サラブレッドでもミホノブルボンには血統的な魅力が全く無かった。それで他の馬の何倍もの調教を日々こなしたという。このような鍛錬によって無名の血脈に眠っていたポテンシャルが顕在化したという。

競走馬は牧草を食べる。牧草は大地に根を下ろす植物である。だから決め手は大地が原点と言えるだろう。大地に生える牧草も最初は大地の栄養分が潤沢にあるから質も高い。しかし大地は年々やせ細って栄養価に劣る牧草しか生えなくなっていく。その結果、競走馬の運動能力にも影響を及んでくるという。だから、青々とした牧草が生い茂る、広々とした大地で育った競走馬のスピードとスタミナは他よりも勝る。

それはその競走馬だけの問題でもなく、その競走馬を産むことになる母馬にまで遡って影響があるらしい。競走馬の訓練にしても早く始めれば始めるほどその才能の開花も早く、能力も最大化されるという。"競走馬"という一言では片付けられないほどの様々な努力がなされている。

どんな環境を用意すればスタッフが自然に育っていくのかと考えることも多い。この「鍛えて最強馬をつくる」という方法に何らかのヒントが隠されているように思った。

ベンチャーの場合、創業の頃であればあるほど、やるべき仕事の範囲も広い。それから毎年仕事自体がダイナミックに変化しひろがってゆく。しかもそれは年々スケールアップ、高度化する。それはあたかも競走馬が食べる栄養価の高く瑞々しい牧草の如くだ。

危機的な状況に遭遇することがあり、その都度ギブアップして脱落するものもあれば、留まるものもいる。それがその人間が次のステップに向けてステップアップするための脱皮のように私は考えている。その壁を乗り越え続けることこそがきっと成長の糧なんだろう。

自然淘汰という言葉があるように、人間社会もビジネス地帯は砂漠であり競争によって適者しか生存できないくらい厳しい。生き残るためには、厳しい環境に自分自身を置き続ける勇気と強い意志が必要で、それこそが"超一流"への最短経路だ。

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