2005 年 11 月 10 日 : Alpha
自分の全てを賭けているからこそ数十年後、数百年後 … の遥か先に待つ未来から振り返った時、どんな風に映るのかを常に意識している。真に価値のあるものは時を超えて存続するはずだ。
人びとが日常生活で使う言葉にしても昔は現在よりも遥かに多くの種類が存在していたという。例えば、α、β、γ、・・・などで有名なギリシャ文字。ギリシャ文字が考えられたのは紀元前 900 年頃の話らしい。現在では使われていない紀元前 1000 年頃に創られた 22 文字からなるフェニキア文字がベースになっていた。
ギリシャ文字は表音文字であり、フェニキア文字との大きな違いは母音をあらわす文字が存在したという点である。フェニキア文字でギリシャの言葉にとって必要性の少ない子音を母音に置き換えたものがギリシャ文字だったそうだ。
ギリシャ文字には母音を表す文字を含んでいたため、周囲のいろんな国々の何百、何千にも及ぶ言葉をギリシャ文字で表現することができた。それが古代ギリシャの繁栄に繋がっていった。
母音を含むかどうかで、ギリシャ文字とフェニキア文字とで運命の明暗が分かれた。かたちに変化こそあれどもギリシャ文字はクラシカルな文字として今も使われている。
ほんの瑣末な出来事に過ぎなく思えるものが重大なインパクトを及ぼす例とも言える。時を超えて人びとに使われるものを創れるかどうかは紙一重の差なのかもしれない。
2005 年 11 月 09 日 : タイムパラドックス
プロデューサーとして、経営者の最も重要な役割は時の流れを読んで波に乗ることだと思う。そのイメージが鮮明に脳裏に浮かんだ瞬間、成功は約束されたに等しい。
空間みたいに時間を自由に行き来できる架空の乗り物としてタイムマシンがある。しかしタイムマシンで時間旅行するプロセスにおいて起こる様々な出来事が、現在、過去、未来の全空間に矛盾を引き起こすというタイムパラドックスが発生してしまう。
ベンチャーは現在、過去、未来という時の流れの中での変化がすさまじい。それだけに、たとえ半歩先にしても思った未来を俯瞰し、見極めたチャンスに乗じれるかどうかでエンディングは天と地ほど違ってくる。
未来を予測する代表例として、天気予報を挙げることができる。天気予報とは、地球上の各地点の天気・気圧・風向・風速・気温・湿度などの現在の気象データをインプットして偏微分方程式を数値解析して未来の天候を予測するというものである。
空間のポイントは無数にあるから、定められた時間内にコンピューターで計算して未来の天候を得るには代表的なデータをサンプリングするしかない。データの精度に応じて天気予報の的中率も左右されるのである。
経営者が未来を予測する姿は正にそれに近いと思った。社会のこと、業界のこと、自社のこと・・・様々な情報をインプットし、時間をステップバイステップに進めつつ、未来を予測する。無限にある情報の中から限られた情報で予測するので誤差が生じる。正確に予測しようとすればするほど未来シナリオの構想に膨大な分析が必要になる。また、自分自身が未来へと旅する結果生じるタイムパラドックスも考慮せねばならない。
いろいろと複雑な事情が絡むだけに未来の領域を正確に見渡すのは不可能だけれども、敢えて意識して未来を予測する習慣があるか否かで結果は大きく異なってくるだろう。
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2005 年 11 月 06 日 : プロダクト ビジネス
製造業には大きく分けて 2 つのビジネススタイルがある。ひとつはお客様からの依頼に基づく受託開発型ビジネス。もうひとつはオリジナル製品を研究開発し不特定多数のお客様に提供する製品開発型ビジネス。
受託開発型ビジネスでは依頼されたシステムの開発が、お客様の仕様を満たすものであれば、対価としてのキャッシュが入ってくる。しかし製品開発型ビジネスの場合、必ずしも売れるわけではない。むしろ売れる製品より売れない製品の方が圧倒的に多い。
ソフィア・クレイドルは基本的に 100 % 製品開発型ビジネスを展開している。製品開発型ビジネスの最大の難関は、研究開発した製品が売れるかどうかという一点に絞られる。
創業初期であればあるほど、ベンチャーは経営資源が限られる。それ故、研究開発した製品が売れなければ誰からも気付かれずひっそりと経営破綻するだけ。厳しい現実がそこには待ち構えている。
売れなければ倒産という崖っぷちに自らを置いてみる。背水の陣を敷かなければ見えないものもある。100 % 製品開発型ビジネスに集中特化すれば、製品が売れなければ事業の消滅を意味する。自ずと売れる製品とは何かという問題意識を常に持って、仕事に臨む習慣が付いてくるのである。
大ヒットする製品には、動物と人間の決定的な差である"喜怒哀楽"の要素が色濃くでている。"喜怒哀楽"のある製品を創造するにはどうすればよいか、というのが製品開発型ビジネスの至上命題であり、この命題が解けた瞬間に爆発的に大ヒットする製品が生まれると考えている。
最も重要なのは、お客様がその製品を使用する状況を、どれくらい具体的に強く鮮明にイメージできるかに尽きると思う。キャッシュが見込める受託開発型ビジネスを兼業していると、人は弱い生き物だから必ずイマジネーションにも弱さが生じる。
売れる製品は 100 に 1 つと言われるくらいに少ない。それだけにほんの少しの仕事への取り組みの迷いが致命的になる。100 % 製品開発型ビジネスに集中特化すればそんな迷いが生まれる余地はない。必然的にヒットする確率というものも飛躍するのである。
2005 年 10 月 27 日 : モバイル FeliCa
FeliCa (フェリカ) とは、「偽造・変造が困難なため安全で、スピーディーにデータ通信できる、ソニーが開発した非接触 IC カード技術」である。FeliCa は、そういった性質を持つため、プリペイドカード、銀行カード、クレジットカード、学生証、定期券、チケットなどいろんな用途が想定されている。
この秋から、NTT ドコモ、KDDI、vodafone、全ての携帯電話キャリアがモバイル FeliCa のサービスをスタートする。今、ほとんどの人にとって身近な存在ではないけれども、10 年前に携帯電話がそんな存在であったように、モバイル FeliCa も 3 〜 5 年後には有って当たり前で誰もが日常生活で使うものとなるだろう。
それには、携帯電話にコンピューターとしてのハード的な能力が十分に備わって来たという背景がある。FeliCa は安全に情報を保存できるメディアに過ぎないというシンプルなモノであるだけに、ソフトの数だけ応用分野が新たに開拓されるだろう。
これまで、そのような未来潮流を意識して、携帯電話サイズのコンピューター向けソフトをスピーディーに開発するための、世界を革新するインフラの研究開発に 4 年の歳月を費やした。クオリティの水準を維持するために少数精鋭の開発にならざるを得ず多くの時間を要した。モバイル端末を使った人びとの生活品質向上の鍵を担うものは、多様な価値あるソフトを開発するための桁違いにクオリティの高いインフラだと考えたからである。
ようやく収穫の時期を迎えようとしている。過去には短期的な儲けの道を選択することもできたけれど、世界的インパクトある仕事を成し遂げるということを何よりも優先させた。それ故にこれまでの成果を着実にかたちあるものにするつもりでいる。
2005 年 10 月 27 日 : 無→有
ベンチャーとは、無から有を生み出すもの、という印象がある。それでは、どうすれば無から有を生み出すことができるのかという疑問が起こる。無から有への移り変わり。実は、それがささやかなものであったとしても偉大な出来事なのだ。
1999 年 2 月。携帯電話がネットに接続されるようになった。それは携帯電話を一種のコンピューターと見なせる瞬間と言えた。歴史のそういう瞬間をどんな風に解釈して行動するかで未来は劇的に変化する。
1990 年代に入り、"ダウンサイジング"というキーワードがコンピューター業界で流行語になっていた。IBMの大型コンピューターで処理されるプログラムはパソコンのようなコンピューターでも実現可能であることを指して"ダウンサイジング"と呼んでいた。
だから1999 年 2 月を、パソコンから携帯電話へのいわば"ダウンサイジング"の変曲点として位置付け、新たなビジネスチャンスを見出そうとしたのだった。その時点では一般に利用可能な携帯電話用ソフトの開発環境は何も公開されていなかったが、いろんなシーンの想像はできた。
様々なシナリオを思い描きつつステップバイステップの歩調で現在に至る未来への道筋を明確化していった。そこで重要な発想は、"何故パソコンが大型コンピューターにとって変わるほどの発展を遂げたのか?"という問いかけにある。
パソコンもマイコンと呼ばれていた時代は、プログラミングするための道具に乏しく、ハード自体の性能にも難点がありその進歩はゆったりとしたものであった。しかし 1980 年代の 10 年間でその形勢は一気に逆転するほどまでになった。
それは、ハードの進化と共に安価で速いコンピューターが入手できるようになり、世界中のプログラマーが便利で使いやすいソフトを開発したことが最大の要因ではなかっただろうか。
今、携帯電話はパソコンの 10 分の 1 以下の価格で手に入れることができる。表現を変えればそれくらい安い持ち運びのできるコンピューターとも言える。
携帯電話でパソコンのソフトが使えればと思う人は少なくないだろう。何故ならノートパソコンを持ち運ばなくても済むからだ。ここでもう一歩掘り下げたのがソフィア・クレイドルのビジネスの発想の原点なのである。
パソコン用ソフトと同じ手軽さで携帯電話用ソフトを開発するにはどんなものが必要なのか?という問題意識を具現化したものが、現在のソフィア・クレイドルの製品のオリジナリティである。
現在ではさらに発展させて、携帯電話サイズのコンピューターならば…という風に視野をひろげて事業に臨んでいる。
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2005 年 10 月 14 日 : The long tail
インターネットビジネスを考える時、米 Wired 誌の編集長である Chris Anderson が提唱したロングテール(The Long Tail)という現象を観察すればその中から新しい発想が浮かんでくるかもしれない。
縦軸の販売数、横軸に商品をその販売数の多いものから順番に並べてプロットする。その曲線は恐竜の尻尾のようにどこまでも果てしなくのびてゆく。その軌跡を指して"ロングテール"というらしい。
リアル店舗であれば店頭に置かれることの無い商品も、ネットのバーチャル店舗であれば情報は物理的ではないので無限に並べることができる。このとき、リアル店舗では販売不可能だったニッチな商品のマーケットポテンシャルが実際には無視できないほどの規模がある。80 対 20 の法則とは一見矛盾するように思える。しかしそこに新たなビジネスチャンスを見出しているのがアマゾンでありグーグルであるというのだ。
この話で関心をひかれたのは「80 対 20 の法則とは一見矛盾するように思える」ということである。いくつかの BLOG でもそう言っているのを読んだ。
本当のところはどうなんだろうか?
現実の世界の数は有限である。天文学的数字というのはオーバーかもしれないが、その数も限りなく大きくなれば、その数字を "∞(無限大)" として扱ってもそれほど誤差は生じないのではないだろうか。
∞ × 20 % = ∞ ⇒ 実は無限大の 20 % も無限大なのである。
ニッチなものも数え切れないほど集めると無視できないくらい巨大な数字となる。人知を超える情報量を無限にオートマティックに、そして規則正しく処理する性質が、コンピューターとインターネットの最大の特長である。
コンピューターのみならず、携帯電話、ゲーム機、自動車などもネットに接続されるようになってきた。その数は時間の経過と共に加速する勢いで増加している。ネットで繋がれた、ありとあらゆる情報機器と人間とのあいだで交わされるコミュニケーションに秘められたマーケットポテンシャルは計り知れない。
コンピューターとインターネットがあるからこそ実現された不思議な世界でもある。
2005 年 10 月 09 日 : チャレンジング
大学受験を目前にした頃、どの学部に入学すべきかについて迷っていた。結局その選択が今の自分を運命付けた。その時違う道を進んでいたら今頃…という想像もできるけど、個人的に最善の決断をしてきたと思っている。
今でこそコンピューターは子供の時からの身近な存在であるが、当時、大抵の人にとっては大学でコンピューターに触れるという感じだった。初めてコンピューターに 2 進数で記述された自分のプログラムをインプットしそれは問題なく動作した。その時に味わった感動は今でも忘れられない。プログラミングに深い興味を持ったのもその瞬間で、それからずっとプログラミングの仕事をしている。
プログラムとは、人がコンピューターへ送るメッセージを表現するものである。コンピューターが発明された当初は文字通り 0 と 1 からなる 2 進数で記述するしかなかったので専門家にしか使えない代物だった。ほどなくして日常の言葉に近いプログラミング言語が発明された。コンピューターが止め処無く進化発展を遂げている理由のひとつはプログラミング言語の発明によるものだ。
日常生活において当たり前に使っている電気製品。そのほとんどはプログラミング言語で記述されたプログラムに従ってコントロールされていている。それを考えると、プログラミング言語の果たす役割は偉大である。
そういうことがあって、あるプログラムを開発するというよりはあらゆるプログラムを記述するためのプログラミング言語に関連のある仕事に携わりたい。それが初めてコンピューターに触れたときから今日に至るまで一貫して持ち続けている自分の目標である。
プログラミング言語に求められるものとは何なのだろう。それは自然言語と比較してみると、コンピューターに自分の心の中にある思いや考えがストレートに正しく伝わるというところにありそうな気がする。しかし誰もが簡単にプログラミングできるわけではなく、ほんの一握りの人たちしかプログラマーになり得ない現実がある。それ故、ビジネスのポテンシャルも計り知れないほどに存在しているといえるのではないだろうか。